| 34515 | 返信 | Re:暴力を肯定してはいけない | URL | リー | 2005/04/22 00:16 | |
> リーさんの考えを読みましたが、「デモの暴力部分だけを取り出して考えてはいけない」という主張はすなわち、デモ全体を暴力デモと区別つけない考えであり、それではあのデモを暴動と見なす考えになります。 不思議なご見解ですね。私は今回のデモを局部的に分けて捉えようとする世論 も含めて、そこに重なっている小林さんのご意見も大半の日本の世論と同じよ うに常軌を逸している捉え方だと申したのです。なぜなら、局部的に分けて捉 えることはデモの意図を否定するものであると述べたわけです。それが小林さ んにかかると、私が「暴力部分だけを取り出して考えてはいけない」と主張し ているという解釈になる点が不思議です。 投石や卵をぶつけたり、窓ガラスを割ったりするのも、日本に対する抗議デモ の全体の中の一要素です。まるであなたは人間の意志や意図から目をそむけ、 人間の五体をバラバラにして、「手の部分が云々、いや足の部分が云々、頭の 部分が云々」などと強弁しているように私には映るわけです。デモの意図をど うしても直視したくない動機があまりにも強すぎるからそのようなご見解にな るのではないのでしょうか。 > リーさん自身が「あれは暴動であった、暴動でどこが悪い」と開き直っていると言うことになります。 日本において操作されている情報や世論しか念頭にないから、そのような思考 になるのではありませんか。これまでの自国(日本)の種々の抗議デモを新聞 で検索されれば自覚されることであると判断しますが、たとえば竹で県庁につ っこんでいったり、強制調査を船を衝突させて阻止する反原発等々のデモは 「暴動」などと記載されていませんよ。自国内のデモは「暴動」ではなく、他 国のデモについては「暴動」と新聞が評する狙いは、デモの意図を否定したい がための方便だと映ります。 > 「60年前の殺人に対して、今日本人を殺すのは正当防衛」という論理を展開していますが、これは正当防衛の誤解です。 > 正当防衛は、暴力を受けている時、その時にだけ有効な、弁解であって、時間が経ってしまったら、それは「復讐」と言う概念に他なりません。 時間が経過しても殺人は免罪になりません。ましてや犯人たちが何の反省もなく 開き直っている場合は、それを放置することは人間の尊厳を自ら捨て去ることに 等しいことです。さらに言うなれば再犯の可能性がきわめて高いとき、それを 「復讐」と呼ぶことは妥当ではありません。 > 60年前の殺人に復讐するために、同じ民族の関係のない人を殺すことを許す論理は、現在の文明世界のどこにもありません。 小林さんは、現在の地球に住んでいるはずなのに、現代社会を無視しているから、 そのような事実に反したことが言えるのでしょう。アイルランドなどの例をあげ るまでもなく、60年というスパンは、被害者にとっては昨日のことです。 むしろ60年間にわたって大量殺人を放置してきた側に問題がないと思える感覚 が私には理解できません。 > リーさんはこの復讐を、60年前に殺された人の親族の復讐と表現していますが、これもとんでもないこじつけです。 「復讐」という文言を使う小林さんがこだわって「こじつけ」とまで論ずるのは、 私にすれば2点の意味を見出します。ひとつは、小林さんがこだわって「復讐」 とおっしゃるとおり、じつは小林さんの内部に復讐に値するような自覚や認識が あるのではないかという点。もうひとつは、小林さんのおっしゃるようにもし仮 に「復讐」であったとしたら、それを「こじつけ」というように断じたいという 意図があるという点。 なぜ私は2点の意味を見出すかというと、私は今回のデモがまっとうだと認識し ているからであり、「復讐」というようには捉えていないからです。よろしいで しょうか?ガラスを割ったり、シュプレーヒコールで叫んだり、ペットボトルや 卵をぶつけたりすることが、あだ討ちや復讐という代用になるわけがありません。 殺人に対する復讐とは、該当する相手の命を奪うことに他ありません。 > 今回デモをした人々の親族が殺されたその恨み、というような直接の関係を作り出すのは、こじつけです。 おっしゃる通りです。その「こじつけ論」を展開されているのは、小林さん自身 だと私には映ります。 > 現在20歳の学生の親は40歳、祖父さんは60歳、曾祖父さんは80歳、と仮定するならば、戦争の時に20歳だったひとが殺されたと仮定して、学生にとっては曾祖父さんに該当します。 > 曾祖父さんが殺されたことをお祖父さんが恨み、その恨みを父親に伝え、父親はデモをした子供に伝えた、つまり恨みを三代に伝えたという仮定になります。 > そういう昔の恨みを今も持っている人のデモだというのは、無理があります。 小林さんの仮定の通りであれば、おっしゃる通りです。ただそれは小林さんの 「仮定」であって、私の意見とはちがいます。 > 中国人は私には想像もできない、執念深い民族なのでしょうか? いいえ、罪のない大勢の人々が殺された問題を、不問にしたり、免罪にせずに、 放置してはいけないと考える人々が少なくないということです。そしてこのこ とは、中国人云々だけに限らず、道理を求める人であるならすぐに理解できる 性質のことであると私は捉えています。 > こんな見え透いた、こじ付けで暴力を肯定するのは、大変見苦しいことです。 見え透いているのは、私からすればデモに対する日本の世論に映ります。 ほとんどそのまま報道する意図を暴露するかのような単純な言論操作が横行し ています。そして日本に対する抗議のデモを、小林さんが見苦しいと感じるの は、デモの意図を直視していないからでしょうね。あるいはひょっとしたら被 告席に位置しているご自分が苦しいと感じておられるのかも知れません。 > 私の理解では、デモをした人々は、学校で過去の日本の侵略を学んで、深い屈辱感を持ったのが原因だと想像します。リーさんもその一人だと思いますが如何でしょうか? 私からすれば、日本の世論と合致するご見解を披露される小林さんは、日本の 近現代史を直視すると自虐的云々と深い絶望感にとらわれてしまうタイプの人 のように映ります。同じ時を生きている者として、絶望からの克服を願わずに はいられません。 > 過去の侵略を怒る中国の人の気持ちは、自然な感情だと私は認めますが、それはあくまでも過去の歴史だと思います。 これは日本における加害者側に立つ人々の不幸です。何人あれ、殺人を伴う侵略 に怒る側に立つ人々にとっては、今後に展開されていく未来の出来事であるとい うことが理解できるはずなのですから。 > それを昔の侵略の時には生まれてもいなかった今の日本人に復讐すると言うのは筋が通りません。 そもそも侵略は筋が通らないものなのです。無論、侵略を放置することが筋の通 ることではないはずです。だから今回のデモはまっとうだと申している次第です。 そして侵略を放置していることになると判断せざるを得ない理由が、現在の日本 からもたらされたものであることを知って下さい。 > 昔殺人を犯した犯人が今、「現在は殺していない」と開き直っているのではありません。 > 殺人をした犯人の大部分はもう既に生きていません。 「死人に口なし」というのは殺伐としています。そのことに気がつかれたら、 人生の大半を地獄のような理不尽きわまる苦しみをもたらされながら現在も 生きている人々の存在を小林さんが無視しないでいられるのかも知れません。 > それを殺人は現在進行形などというのは、ひどい言いがかりです。 いいえ、未来を指して意見を述べているので現在進行形なのです。 > こんな非論理的なことを言って、日本人全体を敵にまわすような発言をするリーさんの良識を疑います。 道理を通すことが日本では非論理的とされるわけですが、それは日本の世論固有 のものです。そしてご自分を日本人全体だとおきかえて、小林さんにとってご都 合の悪い意見に遭遇すると、「日本人全体を敵にまわす」という言い回しは脅し ているつもりでしょうか。 迫力はありませんが、脅しと捉えてまちがいないようです。でも「聞かざる、見 ざる、言わざる」という日本の権力に対する民衆の知恵を、私は採用するつもり はありません。 > 過去の侵略は私にとっては歴史認識の問題として、重要な課題ではありますが、私自身の犯罪の問題でないことは当たり前のことです。 日本が主権在民でないなら、侵略に加担しなった日本の民衆には罪はありません。 > 歴史認識において、日本人に間違いがあることを私は認め、それはなんとか改善しなければならないと考えます。 そうであるなら、歴史を直視されれば、改善の方向性が見出せるのではないでしょうか。何事もまず自分自身から始められることが大切だと思います。 > 最近の日本人の歴史認識のあり方に中国人を怒らせる変化があり、私を含めて日本人は反省すべきだと思っています。 > だから今回のデモをする人の気持ちは、理解できます。 > この気持ちを非難しているのではないことを、ご留意下さい。 なるべく遠慮しつつ穏当な文言を探してみるのですが、「支離滅裂」 という文言しか浮かんでこないのが残念です。 > > なお暴力デモを肯定するリーさんは、デモといえば必ず暴力的になるものだと言う先入観にとらわれているように見えます。 デモを細切れにして、強いて局部的に捉えようとすることを批判されたら、 今度は先入観という角度にいきつくわけですね。 > 過去の日本のデモで、デモ側が市民を殺したことなどありません。 だから「デモ」より、人殺しの道具でもって、民衆を殺したではありませんか。 「デモ」で他国に大東和共栄圏を樹立しようとしていたわけでないことを理解 しています。 > デモが暴動のようになったことは、共産主義者によるデモ以外にはありません。 小林多喜二さんが殺されたのは、共産主義者以外の民衆が官憲に依頼でも したのでしょうか? > 共産主義というのは、暴力を肯定する思想ですから、戦後間もなくのデモはしばしば暴動になりましたが、それ以外のデモは全く暴力の恐れがないのが日本のデモです。だから私は共産主義に反対の考えです。 > リーさんには、デモに関する先入観を改めて欲しいものです。 権力が肩代わりしてくれたレッドパージを支持されているようですが、 私からすれば残虐な歴史を繰り返している日本の実像こそ直視してい ただきたいものです。 > リーさんは今回のデモの暴力は結果的に死者を出していないから結果オーライだと簡単に片付けていますが、幸いにも死者が出なかった、と表現すべきで、あれほど多量の石を投げつければ、死者が出ても不思議は無かったと思います。 しかし事実として死者は出なかった。対して、現実に死者をたくさん出した 日本による侵略を、自然な気持ちと言いつつ、過去のことであるといった矛 盾した方便にも気がついていただければと思います。 > リーさんは死者が出たら初めて、悪かったと認識するのでしょうか? > それとも死者が出ても、あくまでもデモは正しい、と言い張るのでしょうか? 人を殺して正しいことなんぞ確実にありません。問題は多くの人々を殺してお きながら、それを無視したり、再生産している日本の教育や姿勢、あるいは政 治や蔓延している退廃的な世論のほうにあるというのが私の認識です。 明日からしばらく日本におりませんので、返信するような投稿があっても、 しばらく時間がかかることを蛇足とします。 |
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