34595 返信 Re:教科書、靖国は国内問題か?あるいは教科書、靖国へのクレームは内政干渉か? URL 烏龍茶 2005/04/24 19:45
告天子さん、こんにちは。

>> 元々の私の投稿に「反論」するのであれば、「違反であるかどうか」は重要な論点のはずなんですが。
> 違反ではありません。
なるほど。おわかりでないようですので、【違反である】ことを、もう少し説明しましょう。

>> なぜかといえば、「【実質的意義における条約】である「共同声明」違反という、国際信義に反する行為への抗議なのだから、それは内政干渉に当たらない」というのが私の立論なんですから。
> えっ・・・。内政干渉ではあるが、共同声明に違反しているから抗議する、と言うのなら分かりますが・・・。どう見ても、靖国は日本国内にあるし、内政への干渉ですよ??
外国が国内の事象に口を出すことのすべてが【内政干渉】ではありませんよ。
この場合もそうですが、2国間条約に違反する行為があれば、国内のことであろうが抗議する権利を外国は有しますし、それは内政干渉として批判できる類の話ではありません。
そもそも内政干渉とは、
【他国が、ある国の内政問題に強制的に介入し、主権を侵害すること。】
であります。しかし、少し考えればわかるように、条約は国家の主権によって自らの意志でこれを結ぶわけですね。自らの意志で「相手国との間でこれこれの約束を守る」と決定するわけです。これは同時に、約束を違えれば相手国の抗議されることも、受け入れているわけです。
従って、条約違反に対して相手国が抗議することは、もともと自国が受け入れている事象なわけですから、これは内政干渉には当たらないわけですね。

>> まず、A級戦犯を合祀した靖国神社への首相参拝が、共同声明の趣旨に反することではないということを論じていただかないと、反論たり得ないのですね。
> 中国への侵略を讃えているわけではないので、戦犯と指定された人を合祀しても、問題ないでしょう。
以下、論点のこの部分につき、あなたは前回投稿と同様の内容を、新しい論拠の提示もないままに繰り返されるわけです。失礼ですが、靖国神社のHPはごらんになりましたか?
「やすくにQ&A」というコーナーでは、(A級を含む)戦犯につき次のように述べています。

「戦後、日本と戦った連合軍(アメリカ、イギリス、オランダ、中国など)の、形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、無惨にも生命をたたれた1068人の方々…靖国神社ではこれらの方々を「昭和殉難者」とお呼びしていますが、すべて神さまとしてお祀りされています。」

東京裁判の正当性云々はおくとして、この部分のポイントは【戦争犯罪人というぬれぎぬを着せられ】【(戦犯を)昭和殉難者と呼び】【神として祀っている】という部分でしょう。
要するに、侵略戦争という犯罪行為は「ぬれぎぬ」であって、A級戦犯は「国難に殉じた人々」であって「それらをも神として祀る」わけです。
自ら、このようなことを公に表明している神社に、行政のトップがその身分で参拝することが、「侵略戦争を反省し」にふさわしい行為であるはずがないでしょう。
このあたり、書いていてだんだん馬鹿馬鹿しくなってくるほどです。

>> 「侵略の責任者」を祭り上げる行為そのものを問題にしているわけです。
> 侵略をしたことを祭り上げているのではないから、問題ないのですよ。この区別が付かないところが、文化の違いである、というわけです。
上記「やすくにQ&A」をよくお読みください。

>> あなたのご発言では、この下の部分への反論にならないわけです。
>>>> 当然、【国を守るために倒れた人間の慰霊】が目的の神社に合祀し、それを日本の行政のトップがその身分のまま拝み奉るなどは、【侵略戦争の責任者】を【国を守るために戦った英雄】と認識するに他ならず、これは日中共同宣言で日本が約束したこと(過去の戦争は日本による侵略戦争であって、これを反省する)を反故にするに等しい行為なわけです。
> 反省していることが、かつての日本のリーダーたちを尊敬しないことをは意味しないのです。反省しているなら、罪人とされた者につばを吐き、石を投げるのが当然だ、と信じて疑わないような考え方とは、違うわけです。
誰が「罪人とされた人々につばを吐き石を投げろ」などといったのでしょうか?
それと、過去の行為を反省しながら、その行為者を尊敬するなどという芸当がどうして出来るのか、理解に苦しみます。
そもそも、かつての戦争の指導者どもが、戦争指導のどの部分につき尊敬に値すると言えるのか、これまたさっぱり理解不可能です。靖国には、戦争で戦ったから祀られているわけですから、一体どう尊敬できるのか、この部分を説明してください。

> 日本では、こういう合祀・慰霊の問題と、戦争の責任や罪がどれだけその個人にあったかというような判断は、別の問題として区別しているわけです。罪など一つもなかった、というのであれば、「無反省である」との誹りを逃れませんが、罪を認めて、なお護国の神として拝むことは、日本人の考え方からすれば別段不思議ではないと思います。
まず「日本人の考え方」とは言えません。次に、罪はぬれぎぬであるとしている神社に祀られ、それを拝むことは「反省」していることになりません。
さらに彼らの行いを「護国である」とするなどは、「侵略戦争である」という認識とは両立しません。この部分は残念ですが、あなたの個人的な信仰告白でしかありません。

>> 因果関係の順が逆立ちしていますよ。もともと日本の国際信義に反する行為が原因です。
> いや、これは中国が日本人の靖国神社に対する考え方を理解・受容できないという文化の違いに原因があるでしょう。もし中国が寛容な国であるなら、あのような暴力的反日デモなど起こりませんでした。ある行為が国際信義に反している、と判断するかどうかは、明示的に規定されていないのですから、相手の解釈次第です。なので、日本側は「誤解ですよ」と伝えているわけです。
相手がこれまで再三にわたって「それは約束と違うからやめろ」と言いつづけてきたことに対して、共同声明を無視して繰り返しておきながら、相手が怒ったら「寛容でないことを批判する」わけですか?そんな理屈が一体どこで通用するのでしょう。
それと、上でも説明したとおり、誤解でもなんでもないのですよ。

>>日本の行為に相手が怒り抗議したとして、自らの行為を顧みずに相手の怒ったことのみ非難するなどということが、正しいはずがないではありませんか。
> 日本人が中国を非難していると言うより、むしろその暴力的態度を、心底嫌っているのではないかと思いますが。正しいとかどうではなく、暴力性におぞましさを感じているのですよ。
あなたがそう感じていることはよくわかりました。しかし、そもそも日本の行為が原因であるという部分への反論ではありません。

>> 殴りつけた相手が怒ったことで相手を責めることが、どれだけ非常識であるかを考えれば、あなたの上記発言の誤りは明らかでしょう。
> 殴ってもいない相手が、突然「自分を殴った」と、襲いかかってきたら、普通は恐怖するでしょう。
この場合は、殴ったくせに殴ったことをとぼけている、ということですね。靖国神社によれば「侵略者である」という認識は「ぬれぎぬ」であるのに、そういう部分にふれずに「信仰の問題である」というようにとぼけているわけですから。

>>>違いは残しつつ、大同を求める、というのはまさに日本側が実行していることです。どんなに侮辱を受けても、我慢して中国側の感情を尊重しているのです。
>> もともと、相手が怒って当然な真似を、相手の度重なる抗議を無視して継続したのは日本ですね。それに、「違いを残す」事が歴史認識の話であれば、違いを残してしまったら共同声明違反ではありませんか。
> 共同声明より後に共同宣言があるのであり、中国側も宣言者の一人ですよ?。中国も共同声明違反になってしまいますよ。歴史認識の話であれば、双方違いがあって当たり前で、日本側も「侵略ではない」とか、「反省などするもんか」、などとは言っていないでしょう。
いっているに等しいでしょう?「ぬれぎぬ」なんだそうですから。

>>>>> そのことは、靖国神社参拝や戦犯と指定された人たちの合祀を妨げるものではありません。拡大解釈は、禁物でしょうね、こういう宣言などにおいては。
>>>> 上記の通り、拡大解釈でもなんでもないわけです。また、「合祀してはいけない」という文言がないことにも、これまた上記のように何らの意味もありません。
>>> さしあたり、中国側は文言そのものに、ズバリ反した行為に走っていますので、危ういことだと思います。
>> 上記のように、因果関係が逆立ちしている理屈ですので、明らかな誤りです。
> 因果関係については、中国側の誤解が原因であると判明したと思います。
あなたの中ではそうでしょうが、なにせ「侵略」は「ぬれぎぬ」と言明している神社にお参りしているわけですから、それに激怒した中国人がデモを起こすことを責めるなどは【因果関係の逆立ち】でありますし、「反省していないだろ」は中国側の誤解でもなんでもないわけです。むしろ、【靖国の意味】について、誤解しているのはあなたではありませんか。

>>>靖国参拝は、何ら国際の信義にもとるものではありません。信義にもとるとして抗議をしているのは、国際関係の中のごく一部の国々であり、それも、冷静に話し合おうというのではなくして、一方的に日本国内の問題に対して、命令するような形で介入してくるのですから、これこそ国際の信義に反する行為です。
>> この部分はあなたの主観、少々きつい言い方をすればただの「感想文」でしかありません。
> 筋道の立った感想文ならよいのです。
同上です。筋は通っておりません。

>>「命令するような形」など特にそうでしょう。
>ヤメナサーイ、とか命令した中国の外相がいたと思いますが・・・。私の幻覚でしょうか?
原文の提示が出来なければ、幻覚とするしかないでしょうね。

>>>過去について言うならば、中国側から、日本人を過去に陵辱したり虐殺したりして、申し訳ないことをした、反省する、というような言葉は一言もないのですから、信義ということから言えば、まことに残念なことかと思いますが。
>> 日中戦争や満州事変のことをいっているのであれば、これも【逆立ちしている】わけです。日本が侵略しなければ、日本人の陵辱も虐殺もあり得なかった話ではありませんか。
> 侵略をしたから陵辱しようが虐殺しようが構わない、という意見には到底賛成しかねます。陵辱、虐殺の事始めは、南京の日本領事館での虐殺事件であり、国際社会は中国の暴力にみな怒りました。英国は実力で反撃しました。日本だけが、平和主義で反撃しなかったところ、中国の暴力はますますエスカレートしていったのです。
虐殺、とはまたずいぶん大げさな言い様(日本人の死者は一人でしたね)でありますが、それはさておき、南京事件より以前に、対華二十一箇条要求があり、それを機に中国の国内世論が反日に大きく傾いていたことを無視してはいけません。

>「侵略者なのだから、何をしてもよいのだ」との説は、まさしく、「侵略の戦犯を神として拝むなど、絶対に許さない」とする考え方と共通するものです。
私が述べたのは「侵略しなければ日本人の陵辱も虐殺もなかっただろう」ですが?つまり、因果関係の順を述べたのですが?誰がいつどこで「侵略者に対してなら何をしてもいいのだ」などといったのでしょう。
ここでの論点は「侵略があり、それ故抵抗が発生した」という【事実の確認】であります。「侵略はいけないが中国人だって日本人を虐殺しているだろう」という「因果関係が逆立ちしている理屈」は間違いですよ、という部分への反論とはズレていますよ。

>すなわち、極端な自己中心主義、そして相手の痛みを全く考えようとしない非人間性です。
すべて日本自身に突きつけられる言い様でしょうね。相手の痛みを考えるのであれば、侵略者を神とし英雄と祭り上げ、侵略の罪を「ぬれぎぬである」とぬけぬけと公言するような神社に参拝など出来るはずがないのですね。

>そして、政治の都合を全てに優先する、全体主義的な性格です。全て、過去現在の中国の行動と一致しているように見えるのは、どうしたわけでしょう?。
あなたにそう見えるのはよくわかりました。

>> そもそも戦略ミサイルがどこを目標にしているかなど、ミサイルの持ち主が言明する以外確実に判明するはずがないのですね。東風21は、確かに日本を射程に収めていますが、もし仮に【確実に日本を標的にしている】と判明しているのであれば、日本は共同声明違反であるとして厳重に抗議しているはずです。しかし、そんなことはしていないわけです。
> 抗議などしても無駄なことが分かり切っているからです。
政府がそのような動機で何も述べていないことを、あなたはどこで知ったのでしょうか。想像であれば、意味がないのですが。

>> 従いまして、【中国はミサイルを日本に向けている】は、根拠のない想像にすぎないわけです。
> 「日本を射程に置いたミサイルが存在している」ことが、根拠ですが?。想像ではありません。射程に収めつつも、日本を狙ってなどいないことでも根拠を出してもらえれば納得しますが、出せないでしょう?
では、中国の領土は日本の戦闘爆撃機の戦闘行動半径に収まる部分がありますが、あなたが証拠を出さなければ、私が「日本だって中国を標的にしているだろう」といえば納得するのですか?
中国のミサイルが日本を標的にしている、は未だなんの証拠も根拠も出されていない想像にとどまるうわさ話でしかないのですよ。従って、そんな想像を根拠に【中国は共同声明違反を犯している】などといえないわけです。
よろしいですね?

>> 軍拡なら日本もしているわけですね。
>日本の場合、中国に侵攻する能力はゼロですから、防衛を目的とした軍備増強です。配備内容を検討すれば、中国が「侵略」のための軍拡をしているのかどうか、判断が出来るのではないかと思います。私は詳しくないので、その辺りは譲りたいと思います。
中国軍に渡洋侵攻能力などありません。

>>>このたびの暴力デモにしても、平和とはとても思えません。
>> 原因は日本の信義違反です。逆立ちさせませんように。
>原因が何であろうと、あの反日デモが暴力であることに変わりはないです。
そうですね。暴力の部分は否定されなければならないでしょう。それで、それが日本の【国際信義違反】を免責してくれますか?

>>>>>> では、これら声明において、日本は「何を守ることを求められているのか」。
>>>>>> それは「過去の対中戦争が侵略であるという歴史認識を堅持する」事である。
>>>>> 何を求められるかについて、全く一方的な、はき違えた意見だと思います。
>>>> どうしてでしょうか?
>>>歴史認識を堅持しろ、などとはどこにも書いてありませんから。
>> 書いていなくとも、趣旨はそうでしょう?
> 趣旨も違っていたじゃありませんか。歴史認識の堅持ではなく、歴史に学んで、平和発展の道を堅持する、です。そして、小異を残しつつも、大同を取ろうですから、「書いてもいないし」、「趣旨も違う」のです。
【小異】の部分は歴史認識の部分ではありませんよ。

○72年声明
「日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である

とある以上、体制の違い(資本主義と共産主義など)という小異を捨て、という意味に捕らえるべきでしょう。
というわけで、上記のあなたの発言は、あなたの読み違えに基づくものです。

>> 歴史の教訓に学んで、ですね。「日本は中国を侵略した」という共通の歴史認識の上に立っての平和友好ですから、 歴史認識の検事は絶対条件なのですよ。
> だから、侵略などこれっぽっちもしてないぞ、みたいなことは日本側は言っていないのですが。
【ぬれぎぬ】だそうです。

>> それと、あなたが示したのは「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」の一節ですが、1972年の共同宣言では「(日本は)深く反省する」としています。反省は一過性のものではなく、継続して反省したにふさわしい態度を取ることが要求されます。
> ずっと反省しているのに、中国が暴力に走ったので、驚いたんじゃないんですか。日本では絶えて見たこともないような群衆の暴力に、日本の平和人民は驚愕したわけです。そして、「反省していないからだ」と言われて、唖然とし、そうか、これは今まで反日を煽ってきた朝日新聞などのメディアや左翼の反日言論が「原因だ」、と深く反省するに至ったのです。
あなたの感想文は結構です。ずっと【「侵略などぬれぎぬだ」と公言してはばからない神社にお参りしてきた】わけですから、【ずっと反省してきた】は誤りです。

>>> いや、たとえば日本など侵略されようが知ったことかと、ロシアに有利に取りはからうならば、それは日本の主権の侵害を中国が背後から推し進めることでしょう。ことに中国は、夷を以て夷を制す、という政策を昔から取ってきた国ですから、日本に対してたとえばアメリカをけしかけたりなども、盛んに背後で運動していたようです。国際関係においては、よくあることです。中国のみがそれをしないということは、ないでしょう。
>> で、現にしたのですか?ロシアを後押ししたり日本が侵略されようが知ったことかなどという態度を取るような真似を。空想上の中国を対象に議論しても仕方がないと思うのですが。
> たとえばロシアに有利に取りはからうなら、と言ったのであり、ロシアの後押しを中国がした、というのは言ってません。この部分は表現が適切ではないので、取り下げます。
了解しました。

>>> 悪いことなど何一つしていない、と強弁する国なら、他国のことを非難する資格があるのか、となるでしょうが、日本は核兵器は保有していないし、都市絶滅爆撃などもしていません。抗議が足りないほどです。
>> 都市戦略爆撃が発生した当初から、それを行ってきたのは日本であることは、ご存じなかったですか。
> 都市「絶滅」爆撃、といったのですが。なんで都市「戦略」爆撃、にすり替わるのですか?。
失礼しました。しかし、都市戦略爆撃と絶滅爆撃は、【無差別爆撃】という点で共通しています。どちらも軍事目標主義という国際慣習に違反する行為ですので、犯罪性においては五十歩百歩、ということですね。

>>>認識は共有しているし、しかし、その「認識」とは、
>>>(共同宣言)双方は、過去を直視し歴史を正しく認識することが、中日関係を発展させる重要な基礎であると考え
>>>たとえば、南京大虐殺を「直視し」、「正しく」認識しようとして共同調査をしましょう、という日本側の申し出を、中国は断っていますね?
>> さて、誰の要請を誰がいつ何回ほど断ったのでしょうか?具体的に示していただきませんと、私としては何とも申せません。
> 引用(引用元ttp://jpi-kinki.hp.infoseek.co.jp/010_naiyo/032_peace/peace01.htm)
> かつて、日本の識者何人もが日中共同で南京事件を調査し、事実を検証すればいいではないか、と主張したことがあったが、その際、南京虐殺記念館の朱成山氏は「三十万人以上犠牲者数は歴史的事実として確認済みで、疑う余地はない」「中国が記念館に資料を展示したり、さまざまな調査発表を行うのは、過去の歴史を忘れず中日の友好を促進するのが目的だ。共同研究の是非は、こうした立場に立つ人々によるかどうかが重要だ」と言ったことがある(平成六年七月二十六日・東京新聞)。
【都合が悪いのか、中国は共同調査を断り続けてきた】という言い方からすれば、ずいぶん控えめな例示ですね。で、この文では【識者】が何者であり、どのような調査の依頼をしたのかがさっぱりわかりません。
また、私が先に述べた孫宅巍氏は、「三十万人という数字にこだわる必要はない。新しい資料が発見されれば当然数字は変更されうる」という趣旨の発言をしているそうです。あなたの引っ張ってきた文とはずいぶんかけ離れていますね。そもそも南京大虐殺研究フォーラムが開かれている以上、「断り続けてきた」は間違いとしなければなりませんね。

> ・・・というわけで、反対の立場の意見者の、現地調査はお断りだ、ということを中国側は示しており、これとは別に、調査団が出発しようとしたところ、ビザを取り消された事件もあったそうです。これは、詳しい人の名前とかは、分かりませんが。烏龍茶さんの提示された、石原知事関係の共同研究拒否も、中国側に都合の悪そうな人は拒否、ということで、それこそ「学問研究」に反する態度でしょう。烏龍茶さんの言葉を借りれば、「逆立ちした論理」です。
現に笠原氏と孫氏は見解が異なるのですが?にもかかわらず笠原氏は中国の南京研究第一人者と「共同研究」をしているわけです。このあたりの「中国は断り続け〜」は、日本のウヨクの、中国の為にするデマである、と私は思います。

>> 何も知らないくせに「なかったに決まっている」などと政治家の立場で公言するようないい加減な人間は、学術研究の立場からパージされてもあたり前だと思いますが。
> 石原知事が行くわけではないでしょう。また、「あったに決まっている」と決めつけることにしても、やはり学問研究の立場から「パージされて当たり前」とは言えないでしょう?
え?あなたは南京大虐殺が「なかったかもしれない」と思っているのですか?
どれだけ膨大な資料が事件の存在を示しているか、それすらご存じでなく南京大虐殺のことを例示されていたとは驚きです。
はっきり申しますが、事件はなかったのだ、などという論は、どのような理屈をつけようとも成り立ちようがないのですね。日本のネット右翼どもに出来るのは、せいぜい「中国人は三十万人といっているがそんなことはデタラメだ」と、「中国側がいかなる資料をもって三十万人といっているのか知りもしないで」「日本のまともな研究家は三十万人説を支持していないことを根拠に」述べ、「三十万人は嘘」→「だから南京大虐殺も嘘」という苦しい屁理屈を並べることがせいぜいです。

>> ちなみに、笠原十九司著「南京事件と日本人」には2001年の南京大虐殺研究フォーラムの話があり、笠原氏はそのフォーラムで中国側の南京大虐殺研究の権威である孫宅巍氏と意見交換をしていますが、これは「共同研究」に当たりませんか。
> 当たりますよ。しかし、異なる意見の持ち主を排除するところに、公平な共同研究の基礎が、日中間には成立していない、ということです。
繰り返しますが、孫氏と笠原氏は見解が異なるのですが?

>>> 私は、「侵略ではなかった」などとは全然言っておりませんよ?。
>> では「侵略である」という認識は虚偽でもなんでもないわけですね?そして、その認識を共有することは暴力でもなんでもなくなるわけです。
> 侵略に尽きるものではない、といっているのであり、日本人のみが虐殺者、平和に対する罪人であるかのように裁かれることに対しては、偏った認識であり、それを強制されるのは暴力である、ということです。
因果関係をよく考えてください。日本が侵略をしなければ、日本人が殺されることもなかったわけです。南京事件については上記の通りであります。

>> 上記の通りです。誰がいつどのような研究を中国に持ちかけ、それが何遍拒絶されたのでしょうか。
> 上に記しました。中国の言い分を認めそうな研究者なら受け入れるが、反対姿勢の研究者は受け入れない、拒否する、という態度は一貫しており、例外はないようです。あったら、例をお願いします。
上記のように一貫していないわけですね。資料をよくお調べください。

>> 本日のニュースでは、町村外務大臣が中国に歴史研究の共同を呼びかけるそうですが、そのどこにも「これまださんざん拒否されてきたが」などという文言はありませんでしたが?
> 日本国としては、共同研究の呼びかけは初めてではないかと思います。今までは、民間ベースでしたから。
で、民間の「まともな」研究は、もう始まっているわけです。一貫して拒否、されているのは、「なかったに決まっている」などという右の方々だけでしょう。

> 国として呼びかけるのは、今回の反日でもの根底にある歴史認識の問題を、それほど重視していると言うことです。「南京大虐殺」が中国の主張通りであったとすれば問題はないのですが、もし仮に、それが大幅な誇張を伴ったものであったとすれば、中国の主張はメタメタに崩れて、メンツ丸つぶれです。
重視していながら、「ぬれぎぬ」であるとしている神社にはお参りするわけです。しかもデモが最高潮に達しているそのさなかに。あの国会議員どもの所行には、呆れてものも言えません。相手の痛みがわからないバカどもとしかいいようがありません。

> 日本側としては、そんなことをさせてはいられないと言うことで、今まで提議はしなかったのでしょう。提議をしようと思えば、いつでも出来たでしょうに。しかし、今回はさすがに困ったので、きちんと調べてはどうでしょう、と申し入れをしたわけです。
それが動機であるという根拠の提示が出来ますか?

>> 「侵略戦争の責任者である国際犯罪者」を「国を守るために倒れた英霊として祭り上げる」 事は「美化」でなくてなんでしょう。
> 侵略を美化するのでなければ、よいのではないでしょうか。戦争の美化、讃美は、中国でもやっていると思いますが。むしろ日本の方が、そういうことにはデリケートなのではないでしょうか。
えーと、「あいつだってやってるだろう」は子供の理屈ですのでお気をつけください。
で、「ぬれぎぬ」だそうです。

>> してはならないこととして「内政干渉」を批判しているのではないのですか。
> 何故に、してはならないのか、という理由が、理由になっていないわけでしょう。
「不当な事に対してなら内政干渉であっても抗議できる」ですか?では伺いますが、誰がどういう基準で不当だと決められるのですか?

>> 不当なことなら内政干渉であっても抗議しうる、のであれば、なにゆえに中国を批判するのでしょう。
> 首相の靖国参拝は、正当なことだからです。殉国の人を祀るのは、不当なことではありません。生前に悪事があったとしても、人間は神ではないのですから、過ちは侵すものです。その罪が絶対に許されない、とするのは、宗教観の違いによるものであり、自己の宗教観や人間観を他国に押しつけてくる中国の言い分が不当だから、批判するのです。犯した過去の罪を讃えているのではないのです。
「ぬれぎぬ」だそうです。

>>>> 誤解がないように申しておきますが、私はその両方ともに、【被害国には抗議する権利がある】と考えています。
>>>「内政干渉である」、と言うことも、当然に認められます。
>> 内政干渉であると批判することが認められるのであれば、あなたが中国を批判してきた理屈によれば「してはならないこと」になるのではありませんか?
> ??文意不明です。
内政干渉はしてはならないことだから批判してきたのではないのですか。
>
>> で、誰がいつどのように要請し、どれくらい断られたのですか。
> 上に示したように、中国の主張に批判的な者は、ことごとく断られてきて、それに例外はなかった、という認識です。
上記の通り、それは間違いです。