34597 返信 Re:反日デモのピースボートの野平晋作氏との電話内容 URL nisbett 2005/04/24 21:17
> つまり「日本人に対する暴力」と「朝鮮人に対する嫌がらせ=暴力」が比較されているのである。

>比較すること自体がおかしいと言ってるんだが?

正確には日本人に対する暴力への(ピースボートの)姿勢と、中国人に対する暴力へのそれとの比較である。「ピースボートの態度におけるダブルスタンダード」について論じていた以上、理解されると思った。

さて本題

>政治的暴力の倫理性の問題なんだが?>  

>>ともかくここで比較されているのはあくまで「暴力」と「暴力」であるのに、あなた>>はそれを「デモ」それ自体と「暴力」の比較と読み違えている。よって、以下の>>引用に対するあなたのコメントは、完全に破綻する。

>しませんな。法的な問題として考えても、裁判でも必ず「動機の正当性」は勘案され>ますからな。


つまり、日本人の朝鮮人に対する暴力の形態およびその動機にはいかなる倫理性・正当性も見出しえないが、中国人の日本人に対するそれには見出しうる余地がある、と。それゆえ、ピースボートの主張にダブルスタンダードは見出せない、と。
しかし、両者の暴力には、正当と言える点は何一つ見出しえない。もっとも、情状酌量の余地はあるかもしれないが、無罪放免ということは決してありえない。

>後者はまだ民主的社会のなかでの意思の発露として一定レベルでカウントされるべき>もの。>前者はただの社会のゴミがやってることとして無視されてしかるべき。
>
>  意見表明の手段として暴力を用いることは、自由主義社会において最も排除されなければならない。なぜなら、多様な意見のぶつかり合いの中から適正妥当な結論を導く、という自由主義の根幹は、ひとたび暴力が容認されれば、たちまち崩れ去ってしまう。

>崩れ去りませんな。

この部分に関しまともな反論をいただけなかったので、ほぼ同じ主張を繰り返す。
現代社会において、人々が不満に思うことは無数にある。
一たび暴力が容認されるとなれば、暴力は無数の口実を見つけて横行することになる。

> >後者まだ民主的社会のなかでの意思の発露として一定レベルでカウントされるべきもの。

(日本で言うところの)民主主義そのものを揺るがすような暴力が、なぜ容認されようか?
問題は簡単。いついかなる場合にも暴力は許されないとするのか、場合によっては許される余地を認めるのか、である。もし後者であれば、法治国家も民主主義も成り立ち得ない。政治的主張を伴う暴力行為の悪が、単なる嫌がらせのそれと異なり正当性を有することなどありえない。 安保闘争における暴力行為を例に出しておられるが、それが容認されたことはない以上、なんら反論にはなりえない。

もっとも、「どちらの悪がより大きいか」という点については、容易に決定できるものではないため、「日本人の朝鮮人に対する暴力」と「中国人の日本人に対する暴力」は完全に相似の問題ではない。
しかし、両者がともに「悪」であることには疑問の余地がない。

となると、ピースボートの主張の中に、「朝鮮総連に対する非難」および「中国人に対する非難」が皆無であることは、彼らがダブルスタンダードを用いていることの証左となる。

さらに付け加えよう。

>  ピースボートは、前者については「いかなる理由があろうと暴力は許されない」と>いう姿勢で臨み、後者については暴力を弁護する姿勢を見せる。mu氏の言うとおり、>これは立派なダブルスタンダードである。

>ちゃうね。ピースボートは後者は差別だと言っている。で、現にどう見ても差別なん>だな。北朝鮮政府の行動について在日朝鮮人に直接の責任が派生するということ自体が、差別なんだから。

中国人の日本人に対する暴力のうちに、差別が見出せないとでも言われるのだろうか。
日本人は、日本政府の行動に対し直接の責任を負っているのだろうか。民主主義社会である以上、国家の意思=国民の意思であると言えるものの、一人ひとりが国家意思の形成に関わる度合いは、あまりに軽微であり、到底日本人に対する暴力を正当化しうるものではない。しかも、日本政府の立場に反対のものも大勢いることだろう。ましてや在中国日本人においてをや。そもそも、おおもとの原因である日中戦争については、現在の日本人はなんらの直接的責任を負っていない。
 それに、反日デモおよび日本大使館・総領事館に対する暴力のみ、例外的に認められたのは、官憲による立派な差別ではないのか。これは、一般人の差別意識や偏見を正当化し、固定化するという意味において、極めて重い問題である。
以上の理由により、ピースボートの論は成り立たない。


>その論点でこそ中国政府を責めるべきなのに、そこを「、これは主要な論点ではない>ので深入りしない」って言ってる時点でネットウヨクってダメなんだよね。

>そこしか責めどころはないし、それこそ国際法的にも倫理的にも、この主張だけは誰>も反論できない内容なのにねぇ…。

>ま、しょせん国際問題よりも国内のウヨサヨにしか興味がないから、こういう悲惨なことになるんだろうが…

「これは主要な論点ではない」のは、ピースボートおよびあなたの論を批判することにおいてである。上記の文章を読んでいただければ、中国政府を責めていないわけでもなんでもないことはお分かりいただけよう。


>連赤はバカだが、フランス革命程度のことは歴史的には必要だったわけですな。あれがなければ今の民主主義社会はありませんよ。

フランス革命の歴史的意義の相対についてなど述べていない。ジャコバン独裁体制下のフランスについてである。


>ちっともそうとは思いませんな。日本人だというだけで殴り掛かられた事件は大いに>問題だが、大使館に投石するくらいのことは、日本の安保闘争でも国会で敷石投げは>やっとるわ。肯定はしないが、匿名の脅迫やチマチョゴリ切り裂きよりはなんぼかマ>シ。正々堂々と、自分が逮捕されるリスクは負ってるわけだから。


一応反論しておこう。チマチョゴリ切り裂きを行ったものは、逮捕されるリスクを背負っていないのか?それと、中国の反日デモにおける大使館・総領事館に対する暴力は、事実上官憲の黙認のもと行われたのであり、「正々堂々と、自分が逮捕されるリスクを負っている」などといえる代物ではあるまい。もっとも、リスクを負っていることが暴力をわずかも正当化しないのは言うまでもないが、あえて書いておこう。

>石は投げると怪我するし、日本料理店襲撃も大いに問題だが、ペンキ投げやペットボ>トル程度で「暴力」ってのは甘っちょろいですな。三里塚の婦人行動隊の「糞尿爆>弾」の方がクリエイティヴィティはあるが。

>日本としては形式上抗議すりゃいいレベルの話(形式上は抗議しないと困るし、謝罪>されないと困る)。

ペンキ投げ、ペットボトル投げなどは直接的に相手の肉体を傷つける危険性は小さくとも、恐怖を感じさせ、大使館・総領事館の業務に支障をきたすに足るものである以上、立派な暴力である。


> ちなみに、中国の反日デモは「民主的社会のなかでの意思の発露」ではない。中国>は自由主義国家ではなく、デモは本来認められておらず、言論の自由もない。真理>は、中国共産党から一方的に与えられる。この点でもあなたの論は破綻している。


>無許可のデモだったから今週は取り締まりを強化して弾圧されたんだが? だいたい>天安門事件も「真理は、中国共産党から一方的に与えられ」て起きたのか?

まず第一に、私は中国が人民を完全にコントロールできるなどと全く言っていないし、思ってもいない。「真理」といって語弊があるなら、「正当性の基準」といいなおそう。この基準に従わぬものは、積極的に排除され弾圧される。中国共産党が国民を完全にコントロールできているわけではないが、できる限りそれを実現しようとしていることは間違いない。一党独裁の情報統制国家において、何らかの政治的活動が容認されるということは、即ちそのの主張の具体的内容がが事実上政府によって作られたものであることを意味する。これは「民主的社会のなかでの意思の発露」などといえない。
天安門事件とは似てもにつかぬものである。