| 34602 | 返信 | Re:教科書、靖国は国内問題か?あるいは教科書、靖国へのクレームは内政干渉か? | URL | 烏龍茶 | 2005/04/25 00:10 | |
| 芥屋さん >> というものです。A級戦犯という文言に引っかからせてしまったのは、私の表現の問題ですが、 > いえいえ、これは私や告天子さんが既に言及した問題、つまり「中国がいわゆるBC級戦犯を問題にし出したら、あるいは靖國神社そのものを問題にし出したら、あなたはどうなのか?」と言うことでして。 というのであれば、あなたの前回投稿にある 「中華人民共和国はサンフランシスコ講和条約の締結国ですか?違うでしょう、中華民国を打倒して成立した国家だから。それで日本と国交締結の際に共同宣言があります。中華人民共和国がいわゆる「A級戦犯」を基準にする、いかなる国際法上の法的根拠があると言うのです。」 という部分が無意味になってしまいますが?主張の変更を為さるのであれば、そういっていただかないと議論が無用に混乱するばかりです。 >>要は「過去の戦争指導者」を祭り上げるような真似は、共同宣言という「条約」違反ですよ、従って国際法的に問題があるんですよ、ということですね。 > えぇ、いわゆるA級戦犯、「過去の戦争指導者」だけを問題にしているかのようなポーズを取る論者は多いわけですよね、で、中国の代弁を買って出る、と。 1 私は「中国の代弁」をしていません。私の意志と考えによって発言しているのですね。 私の述べていることが、本当に読めていますか? 2 ポーズではなく、私はA級戦犯の合祀を問題にしているのです。それがポーズにすぎない というのであれば(そうでなければあなたのこの部分は意味をなしません)そういえる根 拠の提示をしてください。 >> 靖国のホームページをよくごらんください。呑天使さんへのレスでも書きましたが、侵略戦争という犯罪行為は「ぬれぎぬ」だそうです。 > 靖國神社のホームページをよくご覧下さい。烏龍茶さんご自身が告天子さんへのレスで引用されたように、【戦後、日本と戦った連合軍(アメリカ、イギリス、オランダ、中国など)の、形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、無惨にも生命をたたれた1068人の方々…靖国神社ではこれらの方々を「昭和殉難者」とお呼びしていますが、すべて神さまとしてお祀りされています。】です。無実の人も多く報復対象として殺害されていますので、これは当然のことでしょう。 1 誰が「無実」なのですか? 2 有罪のものも含めて「昭和殉難者」と呼び「ぬれぎぬ」としているのですから、「当然」 ではないのですね。 >どこに【侵略戦争という犯罪行為は「ぬれぎぬ」】などと書いてありますか。あなたは、反省すべき戦争であったと言うことと、その戦争の敗戦処理の過程で私刑に等しい形で無実の将兵が殺害された可能性にすら想像が及びませんか。 ここらあたりも、あなたが私の述べていることを読んでいないかあるいは意図的に無視か歪曲しているのではないのかなぁ、と思わせる部分です。 満州事変の当時から、「侵略戦争」は「犯罪行為」ですね。そして、いわゆるA級戦犯と呼ばれた人々は、侵略戦争を謀議し計画し実行した責任者なのです。そして、東京裁判の当不当はおくとしても、この部分、即ち「A級戦犯たちが責任者として行った戦争は、侵略戦争という犯罪であった」は共同声明によって中国との間に確認していることなのですよ。「侵略戦争であった」事を認めるわけですから。 しかし、靖国神社は「戦争犯罪人というぬれぎぬ」としているのですから、この部分に全く反対の立場なのは明らかなのですね。 >【侵略戦争という犯罪行為】に“加担”した人間であれば罪状認否の是非すら考えずに殺されても構わないんでしょうかね。 誰がそんなことを言いましたか?本当に冷静に読めていますか? 1 「荷担」ではなく、責任者でした。 2 罪状認否もヘチマもなく、彼らが有罪であったこと(侵略戦争であったこと)は、日中共 同宣言で相互に確認していることなのです。 3 これは蛇足ですが(つまり、私の論においては今のところ東京裁判の是非は無関係だ から)、東京裁判では罪状認否の機械も弁護の機会も与えられていますよ。 4 殺されてもかまわないのではなく、そういう人間を神として祀り、彼らの罪をも認めない ような神社に政府閣僚が参拝することが問題だとしているのです。 >戦前の反省なんかどうでもいいから、烏龍茶さんは文化大革命の反省でもして、中国にも求めてはいかがでしょう?w なんですかこれは。そもそも日本語としても成立していないではありませんか。 何しろもう少し落ち着いてください。 >>>>A級戦犯が合祀されている靖国に参拝し慰霊することは、上記のように【侵略戦争の指導者ども】をどのように認識するか、即ちかつての戦争をどう評価するかに直接関わるものでありますから、即ち戦争の美化なのですよ。 >>>祭祀されている霊の中には、生前の所業が宜しきを得なかった人も含まれておりましょうが、靖國神社は「ゴッドによる最後の審判にて善良なる魂として選ばれた霊の赴く天国」にあらず、「閻魔大王により生前の罪状を問われて地獄に堕とされた亡者を除く」にもあらず。そういう死後の幽界における人智を超えた選別は、生きて地上にある者のなすことではない。キリスト教でも仏教でも、それは神仏のなすことです。 >> 侵略戦争の指導者以外の人の話をもってきて、どうするのですか? >どうするかは上記の主張をしたご自分がお考えください。神社とは、あなたが考えるような場所ではない、ということです。 問題になっているA級戦犯以外の話を持ち込んだのはあなたです。従ってあなたがどうするのかを聞いているのですが? もう一ついえば、国際信義を語っているところに信仰告白をされても議論は進まないのですが。 あれでしょうか?あなたは「ジハード」を名目にテロ行為を行っている連中に対しても「あれが彼らの信仰なのだ」という理解でも示すのでしょうか? >>>靖國神社は、御祭神である霊を慰撫・鎮魂するところです。それが気に入らぬという人は、参拝しなければ良い。それだけのことではないか。たとえば東條英機の在任中の可否を論じるのなら自由に論じれば良い。徹底的に批判するも良し、弁護する論に鋭角に対峙するも良し。しかし、自らは敬いもせぬ霊地の慰霊の仕方にまで口を出すとは何事か。 >> さて、もう少し落ち着かないと、相手が何を述べているかわからなくなります。 > いたって落ち着いておりますよ? 上記のように、とてもそうは思えません。 >烏龍茶さんこそ、そう熱くならずに相手の主張をよく読みましょう。あなたが靖國神社が嫌いなら参拝しなければ良い。 私の主張が読めているのであれば、私が好き嫌いで論じているのではないことはわかるはずですが? >もし、あなたに表敬を求める人がいたら拒否すれば良い。それが思想信条、信教の自由ですよ。烏龍茶さんは一線を越えて、他人が表敬し信仰しているものを冒涜しているんですよ。政治的正義感に基づいてね。 中国人の感情を傷つけ、相手の痛みを理解せず、被害者を踏みにじった過去をさらに美化しておいて、自己の信仰への「冒涜」のみを問題にするような恥知らずな真似は、私にはできかねます。「自己中心」「相手の痛みを理解できない」とは、あなた自信が口にした非難の言葉ではないのですか。 >> よろしいですか?「東条英機の在任中に非があった」ことは、日本は共同宣言で認め、非があると認めることを約束しているわけです。しかし、その非を非であると認めず「ぬれぎぬである」としているのが靖国神社なのですね。 >いいじゃないですか。靖國神社の神職さんは、ご奉仕している御祭神の名誉回復に懸命なんですから。余りにもひどい論が戦後には多いんですから、私は靖國神社の姿勢は深く共感しますよ。でも、私の史論は靖國神社のものとは異なる部分も多い。だって靖國神社がホームページに載せているコメントは教義ではないから、それで構わない。首相のコメントだって、日中共同宣言に反するようなものはない。何か問題が? そういうことを述べている神社にお参りすることは、すなわちそういう姿勢を認めることなのですね。国際信義にもとる大問題です。 >>で、中国が批判しているのは、慰霊の仕方などではなく【「侵略戦争の犯罪性」を「ぬれぎぬである」としている神社】に参拝することなのですよ。 >いや、靖國神社がホームページに載せている文言を逆手にとったような、そんな細かい主張をしているとも思えません。 中国が述べているのは国際信義違反でしょう。大体「逆手に取った」とは何事でしょう。 「ぬれぎぬである」としているのは事実ではないですか。 >何ですかね、また架空の代弁でしょうか。あなたがなすべきは、ご自身の主義信条に照らして、国内的には靖國を掲げて表敬を強要するような言論に対峙すると同時に、親愛なる中国人に対しては、誤解は誤解として説くことでしょう。 1 国内に向けて私の信念に従って靖国を弁護するような言論に対峙しています。 あなたと現にしている議論もその一つですね。 2 中国は、靖国とそれを参拝することの意味について、誤解などしていません。誤解である というあなたの説明は、ただの信仰告白にすぎません。上記で説明したとおりです。 >>>>靖国に抗議できないのであれば、アメリカの戦争博物館にも抗議できません。 >>> できますよ。上記のとおり。 >> 出来ません。靖国に対する抗議が内政干渉なのであれば、こちらもまた内政干渉になってしまいます。 >あなたができないのは、あなた自身の問題です。他人に責任転嫁してはいけません。 いいえ。あなたの論理正しいのであれば、アメリカが原爆をどれほど美化しようとも抗議できない、なぜならそれは相手の国内問題になってしまうから、というのがここでの論点です。 わたしに出来るかどうかなど話していません。はぐらかしはやめていただきましょう。 >>>にゃ×5さんや烏龍茶さんの靖國への誹謗は、信教の自由に真正面から挑戦するものであり、明白なる憲法違反であります。 >> と、いうわけですから、私のもと発言を落ち着いてよくお読みいただかないと、このような誹謗中傷を発することになります。ご注意ください。 >誹謗中傷ではないですよ。靖國神社の言いもしないこと、多くの参拝者の考えもしないであろうことを捏造して侮辱しておるのですから。 「ぬれぎぬである」と現にいっているのは、あなたも認めるところであります。 >で、あなたの論からすれば、誰が参拝しようが日中共同宣言に抵触するものとして、法的に非難されるべきものとなります。 私が問題にしているのは、日本政府の態度であります。中国が問題にしているのも同様です。 個々人の信仰への介入に問題をすり替えなければ、相手を非難できないということなのでしょうが、それは間違いです。 >重ねて申し上げますが、このような信心に対する政治的抑圧を正当化する言論は明白なる憲法違反です。憲法違反であるという指摘に対し、「誹謗中傷だ!落ち着け!」とか子供じみたこと言ってないで、きちんとした反論をお待ちしております。 そもそも信仰の自由の話ではないのですから、「憲法違反である」という指摘は全く的はずれなのですね。 >> ずいぶん勇ましい言葉が並んでいるようですが、あなた自信は新しい歴史教科書、ごらんになりましたか? > 前回の市販本ですが、持ってますよ。 では当然に中身を読んでおられるわけですよね。 >> で、美化の部分ですが、例えば「南部仏印進駐」という火事場泥棒のことは書かずに「対日石油禁輸」のことは書く、あるいは1941年11月「大本営政府連絡会議策定「南方占領地行政実施要領」」のことは書かずに「大東亜共栄圏を建設することが戦争の目的と宣言した」というようなことを書く、というようなあたりでしょうか。 > 私も、自由主義史観のそのあたりが非常に好かんのです。好き嫌いと言うより、歴史を学ぶ上では清濁併せ呑むということが不可欠なので。その濁りがどれほどの濁りであるかを見つめないならば、その清らかさがどれほど清らかであるかもわからず、奇麗事で終わるだろうし、その逆もまた同様ですね。 でははじめから「教科書における戦争の美化」はご存じだったのではありませんか。 であるにもかかわらず、あなたの前の投稿での 「扶桑社の教科書の記述のどこに「かつての戦争の美化」があると言うのでしょうか?そこまで言うなら、こことここの記述が「美化」であると指摘するのが筋でしょう。それもなくこのような主張をするということは、自分の史観と異なる教科書を「侵略戦争を美化したもの」との一方的な主観に基づいて、外圧を利用して政治的に排除しようという強権的発想にほかならず、言語道断の論です。」というような勇ましい発言はなんなのでしょうね。 とぼけている、と取られても仕方がない発言ですよ。 まあいずれにしろ、あなたも「かつての戦争を美化する教科書がある」事は認められたわけです。 >> ご存じとは思いますが、ある事実が複数の事象から成り立つ場合、その事象の一部分しか述べないのは、述べた事象が事実であっても全体としては「ウソ」となるわけです。 > そうなんですか?では、ご自分の論はどうなるのでしょうw さて、私が隠している「事象」とはなんでしょうか?述べてください。 >> よろしいでしょうか? > それでよろしいですか?w 主語、あるいは何について述べているのかが不明確ですから、この部分は全く意味不明です。 何しろもう少し落ち着いてお返事くださることを期待します。 |
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