| 34624 | 返信 | Re:最低限、侵略した側の肩を持たないという原則について | URL | 告天子 | 2005/04/25 22:29 | |
| > 告天子さん。34491への返信です。 > > > 兼松さんにお尋ねしますが、侵略「された」側に立つのだというのであれば、日本がロシアに侵略されそうになった日露戦争については、日本の側に立つことはしないのですか? > > 「日本がロシアに侵略されそうになった」とは言えないと思います。 確かに、「日本が」侵略された、というよりも、ロシアのアジア進出を(兼松さん流に言えば、侵略を)食い止めた戦争、ということですね。もし日本が負ければ、日本が非常な危機、不利にさらされることは明白だったと思いますが。 > 日露戦争については、日本とロシアとの間で朝鮮・旧満州の「権益」を争ったと理解しておりますので、日本の側に立つのが正しいかどうか判断しかねます。どちらの悪がよりマシかという選択ですから。 これは驚きですというか、兼松さんの史観みたいなものが見えたように思います。どちらも「侵略」をしたという点では平等である、単に程度の問題であり、外国に於ける「権益」を争ったものだから、どちらも侵略者だろう、と。また、「どちらの悪がよりましかの選択」、ですか・・・。 兼松さんの視点からは、日本の戦いがアジアからロシアを撃退したという視点が欠落しているように思います。ただ単に、「外国の権益を争った、だから侵略だ」という視点が唯一の基準となっているだけで、先の話にしても、「侵略の手助けをしたのだから、民間人の殺戮も可である」とか、少なくとも中国にはロシアと戦う力がない以上、日本がその「侵略の戦争」を戦わなければ、満蒙の地はロシアのものとなっていたでしょう。そして、その後の世界地図は、大いに違ったものとなっていただろうし、アジア勢が欧米列強を跳ね返す可能性は、もはやなかったかも知れません。日本の悪いところは見るが、よいところは見ない、というのは公平ではありません。あ、公平ではないんでしたっけね。 兼松さんは、単に「外国の地で侵略行為をした」、だから悪い、というそれを言うだけで、それ自体が間違いだとは言いませんが、当時の時点の情勢を考えれば、全く空想的な日本断罪意見に過ぎない、と思います。断罪のための断罪でしょう。それも、どの国をも公平に断罪するのではなく、自国を優先的に断罪するのだというのですから、典型的な「自虐史観」の考え方がこれだ、と分かりました。 > > また、朝鮮は清国から、随分とひどい扱いを受け続けたからこそ、「むしろ、日本と組んで、同じアジア人として西洋や、清国の圧政と戦おう」とした > > 「むしろ、日本と組んで」の根拠を示していただけませんか? 金玉均は、日本で祖国独立の運動を開始し、日本の援助者も多かったのです。福沢諭吉なども、つながりがあって、政府高官ともつなぎを取ったりしたそうですよ。後に情勢の変化から、日本政府の金への態度は反転しますが、それでも民間の支持活動は続き、しかし最後には、韓国清国の放った暗殺者に金は殺害されてしまいます。 > むしろ、「斥倭洋」や「逐滅倭夷」というスローガンが有名だと認識しているのですが。 > あと、「清国の圧政と」ではなく「李朝の圧政と」が適切でしょう。 李朝の圧政を背後で支持しているのは、清朝です。 > 甲午農民戦争(東学党の乱)については、以下のサイトが詳しいようです。 > (a) 甲午農民戦争 > (b) 東学党の乱 > > > 東学党の乱に対する李朝の姿勢は、「弱者への侵略」ではないのですか。 > > 侵略ではなく弾圧だと表現するのが適切だと思います。 > ちなみに、日本軍も、東学党の乱を弾圧する側でした。 そりゃ、日本を滅ぼして聖なる道を明らかにするんだ、なんて言われたら弾圧もしますよ、というのはともかくとして、東学党の乱を指して「日本と協力して」と言ったわけではありません。 少なくとも、弱者の味方である兼松さんとしては、李朝が東学党を、弱い農民を弾圧していたんだ、ということで、李朝には敵対される訳なんでしょう。でも、東学党がそれほど弱者ですか?。韓国の正規軍を打ち破るほどの戦力はあったわけでしょう。それに、その東学党を弾圧すべく、清が派兵したわけですが、これも「悪」なのではないのですか?。そして、その「悪」と、現実に戦う力を持っていたのは、日本軍しかなかったわけで、日本軍も悪だから、結局、悪と悪と悪とが戦ったのだが、一番悪いのは日本だ、みたいな話になる訳なんでしょうか。 > > 「最低限、侵略した側への肩を持たない」と言うことですが、それは実は、反日の言い訳であって、本当にそれが兼松さんの信念であれば、「敵」は日本国のみならず、清国もそうであり、李朝もそうであり、いや、何よりも、現代の中国共産党こそ、「侵略者」として非難されるべき再筆頭である、ということにはなりはしないのですか。 > > 当時の清朝と日本は、李朝に加担して甲午農民戦争の農民側を弾圧したので、そのことは非難されるべきだというなら、そのことに私は同意します。(甲午農民戦争の農民側を支持します。) その、農民戦争の農民側というのは、近代国家の建設能力や、維持していくだけの知識というのは、あったのでしょうか。韓国近代化の力として、主体として、あり得たものでしょうか。 それを抜きにして、「弱者の正義論」みたいな形で、「弱い者が正義であり、強い者が悪だ」というのであれば、それは単に、「強い者が正義だ」とする暴力の裏返しに過ぎず、「誰を非難するか」の史観でしかないと思うんですよ。 > 現代の中国共産党は非難されるべきだということにも依存ありません。(世界の中で「再筆頭である」とは言えないと思いますが。) その「非難」が、とにかくまず日本に向いてしまう、そして、非難のためならば民間人の殺戮まで正当化される・・・のいった展開が、どうしても納得できないんですねえ。功も罪も見る、歴史の中で、どうしようもなく果たさざるを得なかった宿命を静かに見る、ということがあった上で、罪も受け入れよう、というのなら分かるんですが、一方的史観、ほとんど逆皇国史観みたいな、そういう印象を受けるんですね。 |
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