| 34630 | 返信 | Re:教科書、靖国は国内問題か?あるいは教科書、靖国へのクレームは内政干渉か? | URL | 水原文人 | 2005/04/26 00:14 | |
| 芥屋さん、 > > 国際法上は裁判としての権限が認められ、戦後の世界秩序がその継続性の上に成り立っている以上、極東国際軍事裁判も(たとえ現代の視点から見て批判点がいくらでもあっても)一定の拘束力は持っています。 > > それは政治的決着としてでしょう。法律論としては国際司法裁判所に逆提訴なども可能であるから、講和条約でそうしたことのないように取り決めたわけで、水原さんの言われる「一定の拘束力」がそれを指すなら理解できまし、 政治的決着であるからといって、法的に無効だということはあり得ません…というより、法は政治によって決められるものですから、法それ自体はその意味では100%政治の枠内の問題ではあります。司法の独立とは、政治が自分で決めた法を自らねじ曲げたり恣意的に運用することを妨げるためにあるものではあります。 というか、法と言うのは、所詮はその程度のものなんですけどね。漢字文化圏では仏教の宗教概念の「法」と同じ文字が当てられているから、別のイメージがついて回るのかも知れませんけどね。 少なくとも民主主義と近代法治において法は個々人の内面の自由を保証しこそすれ、それを制約するものではないはずでしょう。その点で戦争の歴史をどう受け止めるのかの議論がなぜ国際法議論になるのか、そのこと自体が倒錯だとは思いますけどね。 ただし国家や政府の行動は、法によって拘束されるのが当然ですが。 > 私も今さらに旧戦勝国の(故人を含む)戦時指導者や現場指揮官を司法の場で追訴すると言ったような、政治的な法廷闘争をなすべきではないと考えます。 同様に、では旧戦敗国の、戦犯として断罪された戦時指導者や現場指揮官の復権なり名誉回復なりについては、いかがお考えでしょうか? > > ただしそれは国家間という約束事の範疇であり、戦死者の慰霊であるとか信仰であるとかの、根源的には個人の感情のレベルの問題にまで拘束力が派生するかどうかは、微妙な問題でしょう。 > > 水原さんがお考えになる、その「微妙さ」とはどのようなものでしょうか。 個人の内面、つまり思想信条や信仰、感情が拘束され得るのかどうかの問題です。公職にあるわけではなく、公的な権力を持たない我々であれば拘束されるはずもないのですが、公職にあって公的権力の行使を職務としている政治家などの場合はどうなのか、という点での微妙さです。 その意味では、首相の靖国参拝を政教分離違反の憲法違反とみなすかどうかの問題でもあります。 > それと言うのも私の考えでは、もしそういったことに国家間の約束事というものが法的拘束力を生じるのであれば、それは思想・信仰の自由もさることながら、戦後秩序に対する疑義批判が法的に拘束されることをも意味するのではないかということです。それは現状固定の論に接近するか親和性が生じるのではないでしょうか。 公的な権力、つまり国家や政府と言うものは、その現時点だけの問題ではなく、過去の歴史的経緯によっても拘束されます。政治権力の行使が法によって行われる以上、法は施行される時点では過去に決められるものですしね。また法として具体的にあるものだけでなく、過去の約束事などにも拘束されるでしょう。こと対外問題では、政権自体は代わってたとしても外から見れば日本なら日本の継続性のなかで判断されるわけですから、前の代の政治指導者が言ったことを覆すにはそれなりの意思表明や、それに伴う手続きが必要でしょう。 ですから公職にあって公的な権力を執行する立場にあるものは、思想の問題であっても過去の法的決定に一定の制約内で言動を律せざるを得ない面はあるでしょう。 ただし、政治指導者が戦争の歴史についてどう自らの解釈や立場を表明するかは、元々政治的問題なのだから法的な問題で議論することではないと思いますけどね。こと我が国の政治指導者がどう戦争の歴史について自らの解釈や立場を表明するかに関しては、我々自身がその政治指導者を選ぶ側の有権者なんですから、中国の主張が正当だと主張するのに法を裏付けにするのは、実はナンセンスでしょう。法的に別に問題のある主張をしてるわけではないのは当然であって、かつ中国側の立場として正当性があるのも当たり前。ただそれは中国の側の正当性の問題であって、我々が日本人として判断するのは、あくまで我々の日本人としての立場での議論のはずですから。 > > うーむ、それを必死になって訴えている宗教施設に参拝するのであれば、若干中国の言い分にも正当性は出て来ますね。 > > 靖國神社の神職さんは、宗教者として訴えるべきことを訴えておると思います。その訴えには、宗派を超えて十二分の理があります。中国の言い分の「若干」の正当性とは、何なのでしょうか。 中国にとってあれは侵略戦争であり、ちなみにそのこと自体は日本も政府として認めております。一方で「宗教者として訴えるべきことを訴えておる」というのは、日本でいう宗教(とくに神道)ではそういう感覚はないのでしょうが、通常宗教者は世俗の信者よりも倫理的に上位にあって、信者はその宗教者に倫理的に従っているのですから、対外的に見て儀礼でなく信者として小泉が靖国に参拝しているように見えるのであれば、しかもその祭神が「戦犯」であるのなら、控えめに言ってもその「戦犯」を「肯定し・美化する」ことにはなります。 > ちなみに、靖國神社に参拝する人は神職さんの訴えには拘束されません(教義ではないので)。まして靖國神社の神職さんの史論と一致している必要もありません。史論は史論でしょう。 お尋ねしますが、元々神道には、神職ではなく一般信者にも教義解釈の権限があるとみなす伝統があるのでしょうか? 一般的に「宗教」というのはそういうものではありませんし、ことマルクシズムが宗教、とりわけ組織宗教を否定する理由のひとつはそこにあります。「教会」が「信者」とみなす個々人の内面の自由を拘束し奪っているという。 > > 有罪かどうか以前の問題として、侵略戦争であったことを反省するのであれば、その侵略戦争の指導者(戦後国際秩序の前提として「戦犯」とされている)が「神」としてまつられている場所に日本国の政治指導者が参拝するのは、形式論理上いささかの問題をはらんで来ますね。 > > ここで水原さんが言われる「形式論理上いささかの問題」とはどのようなものでしょうか。 上記に類することです。通常、宗教はその信者の倫理観を絶対的に拘束するものですから(そうでなければ「信仰」とは言いませんから)、その侵略戦争の指導者(戦後国際秩序の前提として「戦犯」とされている)が「神」としてまつられている場所に日本国の政治指導者が参拝するということは、つまりは「戦犯」を神としてあがめていることになります。控えめに言っても肯定・美化はしている格好になるわけですね。 > > あくまで国家というレベルでの問題に過ぎませんけどね。 > > ここが、私が水原さんのご意見に「?」と思うところです。上記の見解「国家観の約束事」に関する「微妙な問題」と、どう整合するのだろうか、と。 恐らく誤読されているのでしょう。個人は国家に必ずしも拘束されるものではありませんし、こと内面においては完全に自由であるべきです。 > > …と言うことをですね、つまりはちゃんと対外的に説明する必要があるということです。自国の文化的伝統を守ると言うことは、そういう問題です。 > > > ま、要するにちゃんと説明もせずに今にいたるまでそういう対応しかして来れなかった日本政府の外交姿勢の問題なんですけれどね。 > > このあたり、同感です。付け加えるなら、必ずしも政府のみの責ではないでしょう。 もっとも根源的な問題は、遠藤周作の「沈黙」以前の作品のテーマでもあるわけですが、「日本人の倫理観」というものが、少なくともユダヤ=キリスト教的な宗教観では対外的な説明がひどく難しいものであるということではないでしょうか? > そういう説明責任をきちんと果たせ、ではなく、ただ反省が足らぬ、 まあでも、反省が足りないのも事実ではあります。 > 靖國参拝は軍国主義だ、 表層的には、あれは完全に軍国主義でしょう。よく見るとただそれだけでもない、とは思いますが。 > 中国の要求はもっともだ、 中国の主張が中国としては正当なものであることは確かでしょう。だからって歴史観まで中国と「共通」にするというのはナンセンスですが。 > ドイツを見習え…そういうことだけを呼号してきた在野の言論にも重大な責任があると思います。つまり、この段においては、政府や外交当局が説明責任を果たせるよう叱咤し、支持し、激励すべきですね。 権力者をそんなに甘やかす必要もないと思いますよ。 > > だいたい「国民国家」という枠組み自体がフィクショナルであり欺瞞も偽善も内包したものではあります。 > > 以前から感じていた私見なのですが、どうも「国民の代表として…」というフィクションが最大のネックになっているんじゃないかと思います。もちろん、行政機構上の代表権限や代表行為というのはあるでしょう。しかし歴任認識問題などで私が思うのは、例えば小泉純一郎が何ゆえに「国民の代表として…」それをなしうるか、つまり水原や告天子や烏龍茶や芥屋の史観や史論を小泉純一郎が代表しうるか、ということです。これは近代民主主義理念を支えてきた国民国家幻想が行き着いた果ての、何やら全体主義的な「正史」の王座争奪戦ではないのか、そう感じておるところです。 はっきり言って、私は極めて日本的な事象だと思っていますよ。「神なき民」日本人ならではの…。倫理規範と世俗権威がごっちゃになっている日本の文化状況の問題ではないでしょうか? |
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