| 34690 | 返信 | Re:日本史の汚点「日中戦争」 | URL | リー | 2005/04/28 01:48 | |
| > リーさん こんにちは > > リーさんの反日デモの暴力肯定論は確信的な考えだと解りましたので、そのことはもう論じないこととします。 私は「反日デモ」について意見を述べる。小林さんは、「反日デモ」における「暴力部分のみ」を取り出して述べようとする差異だと思います。私が繰り返し述べた点は、デモの意図を正面から捉えないで、暴力部分のみを分離させて捉える動向が、デモの趣旨から目をそらしているというように映ると述べたわけです。したがって、デモの趣旨を肯定している私の意見を、「暴力肯定論」に変換されてしまうのは残念です。たとえば文意には何に力点をおいた主張であるのかという意味からの「主従関係」という形がおうおうにして日本語にはありますが、「反日デモ」の趣旨に関する日本における世論の動向では、さしずめこの「主従関係」において、「従主関係」と逆転している点に私は問題を感じます。言うなれば、私は枝葉の主張を否定しているのではなくて、幹の部分から目をそらすために枝葉の部分のみを抽出したご意見を問題だと捉えているわけです。 > 私の「デモの暴力部分は間違っている」と言う自説に対して説得力のある理由はリーさんの文章からは見つけられませんでした。 私は小林さんがおっしゃる「自説」の枠組みに対してむしろ批判的なのです。だから、おっしゃられる「自説」の枠内の地点に私は立脚していませんので、当然のことながら齟齬が生じるのは必然です。デモというメインテーマを避ける必要を私は見出せないからです。 > 暴力を徹底的に否定する 葉 千栄教授を私は尊敬していますので、以下の文章は葉教授を念頭において書いているものと理解してください。 > (リーさんを念頭に置くと私までおかしくなりそうなものですから・・・・。) ご自分の意見を述べるのに、他者の動向を気にされる必要はないように思われます。 > 私は日本の歴史の中での最大の間違いは「日中戦争」だと考えます。 > 日本民族の最大の汚点だと考えます。 > この汚点を歴史認識として正確に認識することによってのみ、この汚点を乗り越えることが出来ると考えますが、そのような兆しが全く見られない現状は、間違いが現在進行形で続いていると考えます。 > > 日中戦争以外には秀吉の朝鮮征伐がありますが、これは一応秀吉が狂ったための愚行という認識が一般化しています。(私はこれでも正しい認識ではないと思いますが・・・。) > > また日中戦争だけを取り出して、「歴史の汚点」という言い方も正確ではなくて、明治維新以後、日本近代の全ての戦争は愚行であり、間違いであったと総括しています。 > > 日清日露の戦争から日本は間違っていたのであって、突然日中戦争でおかしくなったのではありません。 > > 特に満州事変の一方的侵略行為(石原謀略)の罪は大きいのですが、何といっても日中戦争の恐ろしさを考えれば、この戦争をこそきっちり勉強し、間違ったところを認識する必要があると感じております。 > > それはその戦争被害の莫大さと、それをもたらした戦争についての目的の不在ということです。 > 日本は必要のない戦争を引き起こして、日本歴史最悪の悲惨な結果をもたらしたのだということを正しく認識すべきだと思います。 > > その愚行が日中交流の今後に、未来永劫に渡って悪影響を起こす元凶となったことを認識できない日本人が多いことが現在の日本の最悪の部分です。 > > 日中戦争の最悪の間違いは「必要でない戦争をして最悪の悲惨を引き起こした」ということです。 > > 日本は国民政府に満州国を承認させたかったにすぎません。 > 一度決定的に叩き潰せば、それに懲りて承認し、以後従順になるだろうと安易に考えた軍部の中国観の誤りです。 > これは日本人全員が共有した中国観に基づいていますから、ひとり軍部だけの責任に出来る問題ではありません。 > > 例えば満州事変の後、リットン勧告を受け入れていれば、日中戦争にはならなかったでしょう。(天皇はその意向だったと言われている) > > 日中戦争のどの時点でも、中国本土から撤兵ができる状態でしたが、単に面子に拘って戦争を継続したにすぎません。(撤兵は満州放棄という意味では無い) > > しかしリットン勧告受託とか途中撤兵ということで日中戦争の莫大な被害は回避できたかもしれませんが、満州帝国が残る限り最終解決ではあり得ませんから、満州問題とか侵略とは何か?という問題をもう少し考える必要があります。 > 長くなりましたので、それは次回とします。 日本の敗戦時には、権力者たちの責任をうやむやにするため「一億総懺悔」との論調がマスコミでは踊っていたものです。それはマスコミの造語によるもので、一億人が「総懺悔」などしていないことを大勢の日本人は知っているはずです。 さて、日本人による戦争に関連した歴史認識についての論調で、私が常々根本的に大きな違和感を抱いている点から述べておきます。 戦争が論議される場合、やたら政治云々ばかりの論調が目立ちますが、要するに戦争とは、人が人を殺すことです。人殺しの道具をもって、如何に効率よく人を殺すかの訓練をする人殺し集団が軍隊です。人間は黙って殺される存在ではありませんから、当然反撃が行われることもあるわけです。それが「激戦」等々と呼ばれていますが、日本における侵略戦争の非道さは非武装の何の罪もない大勢の人々を皇軍(日本軍)が殺した点にあります。大勢の親族が殺された中で、たまたま九死に一生をえた人々の証言によると、皇軍は「夜討ち朝駆け」といった奇襲方法で無抵抗の人々を殺しまくりました。そういった事実認識が、当掲示板をはじめ日本における現在の「戦争談義」には、ほとんど完全に欠落しているといっても過言ではありません。この点こそ欠落させている故のさしずめ「戦争政治談義」が横行し、わけのわからない歴史認識が跋扈するようになってしまったのだと私には映ります。 それは、今回のデモの趣旨から、目をそらそうとする動向と、まったく共通する動向です。 殺人犯がその罪を問われる場合、犯人の動機が問われます。無論、殺意の有無についても同様です。近代における日本国家の成立は、戸籍制度から徴兵制度を確立し、明治政府樹立と同時に自国の利益のみのため他国に対する侵略戦争の準備をはじめています。「富国強兵」政策などがその典型ですね。したがって、どの戦争が云々というよりも、どの戦争にも共通して「起点」となった日本の国家政策を欠落させて論じることに、私はまったく意味を感じません。日本国内における日本人間だけに通じる「戦争談義」や「歴史認識」は、敗戦直前に証拠隠滅を指示した日本の国策とまったく同列に私には映る次第です。 |
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