| 34714 | 返信 | 日本は特殊な国(2) | URL | 小林 哲夫 | 2005/04/29 09:58 | |
| 泊りがけで秩父の芝桜を見に行っていて、間が開いてしまいました。 水原文人さん こんにちは 有益なご批判を有難うございます。いつも勉強になります。 今後ともご遠慮なく横レスをお願いいたします。 でもある時点で、お答えをしないこともあるとご了承下さい。 さて水原文人さんの34696番の文章では「ネーション」の理解に誤解があります。 >(私)このネーション意識は西洋発の概念ですから・・・・・。 >(水原文人さん)そりゃ無茶です。民族意識は世界中どこにでもあり、・・・・。 水原文人さんはネーションという言葉を、「民族」か「国民」という言葉で翻訳可能という考えではないでしょうか? 「民族意識は世界中どこにでもある」というのはエスニシティーの意味の民族であって、ネーションの意味では無い、と私は考えます。 このネーションという言葉は翻訳不可能な、西洋発の概念だというのが、私の考えです。 ここに誤解があるので、今回のご批判をもう一度再考していただけないでしょうか? さて次に日本の平和の伝統についてです。もちろんこれが私の主眼です。 以前私が「非武装論は日本人にだけ理解できる特殊な理想だ。」と言った時に、水原文人さんから、世界中で理解されている、と反論されたような記憶があります。 今回の「日本特殊論」もその一環です。 >『その日本の平和の伝統が、島国と言う環境によって成り立っているのならば、それを外国に押し付けることは不可能です。(水原文人さん)』 という水原文人さんの指摘は正しいのです。(この点私の前回文章は舌足らずでした。) この「侵略されない」と言う恵まれた地勢上の有利さは、黒船以後の西洋の海軍による侵略という環境で意味を失ったと、水原文人さんは考えているようですが、私は相変らず、日本は侵略されない国だと考えています。 例えば明治以来の日本の戦争は全て必然性のない、国にとって不要な戦争だった、と考えるからです。 つまり実際の侵略の恐れは無かったのに、侵略されるかもしれないと恐れて、過剰反応した戦争だったと、私は考えています。 だから明治以後も引き続き侵略されない環境だったという考えです。 ところで水原文人さんは日清日露戦争の必要性を認めますか? ミサイルの時代になっても、侵略されるはずがない、という環境に変わりは無い、と私は考えるのですが、如何でしょうか? ついでに「怨霊を祭る宗教は世界のどこにでもある」との事ですが、知りませんでしたので具体例を一つだけでも教えて貰えないでしょうか? 梶村太一郎さんに対する次の反論も関係がありますので、コメントをいただけたら、と思います。 梶村太一郎さん こんにちは 小泉首相が、笑顔を見せない胡錦濤首相に、笑顔で握手したことについて、この笑顔の態度を、梶村太一郎さんは卑屈で、奴隷根性で、売国奴で、こびへつらいで、おべっかだと罵倒したことについてもう一度強調します。 この売国奴だとか卑屈だというのは、ウヨクが特に強く感じる感情で、西村眞吾氏が相応しいことは既に言いました。 なぜかと言えばこのような感情は、愛国主義者特有のものだからです。 このような感情に強く直接訴える種類の言葉は、理性を超えて反応します。 だから非常に危険な言葉です。 「あの笑顔が卑屈に見えた」という気持ちは誰にでも解る言葉なのです。 だから誰でも「首相は売国奴だ!」とののしる言葉を聞くと、一緒になって、怒りを感ずる種類の言葉です。 そしてその時の怒りの感情の根元に極めて愛国主義的なものがあるから危険なのです。 今何よりも日本人の自重が必要で、感情的にならないように努力しなければならない時期にこんな危険な言葉はありません。 平和を作り出すと言うことは、そういう働きかかけを常日頃忘れないことだと私は思ってきたのですが、梶村太一郎さんはその逆に日本人をあおるような発言をしていることに物凄い危惧の念を持ったものです。 笑顔を忘れた、国の威信を掛けた外交は、対立しか生まず、憎しみを増幅するだけです。 これ以上日中間の感情が壊れないように、梶村太一郎さんにも笑顔を取り戻して欲しいと思います。 次に私の異文化対応論を書きます。 私は首相の行なった、笑顔の外交こそ今必要な大人の態度だ、と思っています。 その笑顔について梶村太一郎さんから >『これが,典型的な日本的反応ですね。ニコニコしておれば、それが「友好的」だと思い込むのは日本人だけですよ。(梶村太一郎さん)』 という反論がありました。 この発想が梶村太一郎さんの異文化対応の問題点なのです。 笑顔を作ることが典型的な日本的反応であることは、私も認めます。 西洋人にこれが変に見えて、日本人だけが友好の表現だと思い込んでいるということも当たっていると思います。 だからこれは日本のグローバリゼーションの問題だと私は考えます。 そしてこのような問題に、何の疑いも無く世界標準の方を正しいとし、日本人の態度を恥ずかしいと梶村太一郎さんが感ずるのが問題なのです。 ドイツで住んでいる梶村太一郎さんがドイツ文化に同化しようと必死の努力をしている様子が伺えます。 ドイツにいる時は、ドイツ流で生きた方が、便利なことは理解出来ます。 しかし心の中まで、日本を捨てる必要は無いと思われます。 それこそ奴隷根性ではないでしょうか? 「笑顔は外交の世界では通じない」ということは了解したとしても、「笑顔が通じるように努力すること」が本質的に素晴らしいことだと、どうして思えないのでしょうか? 世界の未来の外交の見本を、小泉首相の笑顔が見せてくれた、と考えられないでしょうか? 日本人の西洋劣等感 さて首相の笑顔を見て恥ずかしいと感ずるのは、日本人として恥ずかしいという感情です。 同じ日本人として、日本的なしぐさ(笑顔)が恥ずかしいと感ずるのは、日本が野蛮で遅れているという意識が前提にあって、自分がそういう日本人であることを認めたく無い感情と、しかし日本人以外ではあり得ない、という矛盾した感情がせめぎあいを起こしているのです。 これはやっぱり西洋に対する劣等感と見るのが妥当だと思われます。 劣等感を克服して、もっと日本に自信を取り戻して下さい。 |
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