| 34716 | 返信 | 日本史の汚点「日中戦争」(2) | URL | 小林 哲夫 | 2005/04/29 11:05 | |
| リーさん こんにちは リーさんの言いたい、「議論の主従関係」「幹と枝葉」の関係論に、私はもともと異論はないのです。 デモの暴力部分は枝(従)、反日が主(幹)なのは当然です。 だから議論の仕方として、私は先ず枝の方を解決しておこうと思ったのです。 それがデモの暴力だけを取り上げて、全体を誤魔化すやり方だと、リーさんは誤解したようです。 まあそういう誤魔化しをする日本人が大部分だから、止むを得ない気もします。 しかし私がリーさんのことを「暴力肯定論者」と言ったことに対しての「残念!」という反応の意味がやはり解りません。 何が残念なのでしょうか? 次に日中戦争についてのリーさんの文章を読みますと、戦争だから軍隊同士の戦闘は止むを得ないとしても、日本兵は中国の民間人を無差別に虐殺したのが許せない、という主張のように読み取れますが、それで宜しいですか? 私は軍隊同士の戦闘も日本が悪いと認識していますが、いかがですか? なるほど日本人の侵略談義の中に、民間人虐殺については、南京事件以外のことは議論されないことは、リーさんの指摘の通りです。 私は一般市民の虐殺は物凄い数があったと想像しています。 南京ばかり議論しているのは、おかしいと思ってきました。 どうしてこういうことに成って来たのだと、考えますか? 私は東京裁判史観がいけないのだと言ってきました。 つまりアメリカに対して悪いことをした、という気持ちだけで戦後やってきて、中国侵略のことを忘れてきた結果だと考えています。 リーさんの後半部分が良く解りませんでした。 すみませんが何を言いたいのか、解るように、もう一度お願いします。 >『殺人犯がその罪を問われる場合、犯人の動機が問われます。無論、殺意の有無についても同様です。近代における日本国家の成立は、戸籍制度から徴兵制度を確立し、明治政府樹立と同時に自国の利益のみのため他国に対する侵略戦争の準備をはじめています。「富国強兵」政策などがその典型ですね。したがって、どの戦争が云々というよりも、どの戦争にも共通して「起点」となった日本の国家政策を欠落させて論じることに、私はまったく意味を感じません。日本国内における日本人間だけに通じる「戦争談義」や「歴史認識」は、敗戦直前に証拠隠滅を指示した日本の国策とまったく同列に私には映る次第です。(リーさん)』 |
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