| 34719 | 返信 | Re:日本は特殊な国(2) | URL | 水原文人 | 2005/04/29 14:53 | |
| 小林さん、 > さて水原文人さんの34696番の文章では「ネーション」の理解に誤解があります。 > > >(私)このネーション意識は西洋発の概念ですから・・・・・。 > >(水原文人さん)そりゃ無茶です。民族意識は世界中どこにでもあり、・・・・。 > > 水原文人さんはネーションという言葉を、「民族」か「国民」という言葉で翻訳可能という考えではないでしょうか? …というよりは、nationの日本語における訳語(もともと日本語にはない概念だった)が「民族」と「国民」なのです。 > 「民族意識は世界中どこにでもある」というのはエスニシティーの意味の民族であって、ネーションの意味では無い、と私は考えます。 両方です。もともとナショナリティの概念はエスニシティーから生まれたものです。エスニシティをある程度の共通項で統合することで「ナショナリティ」が作られたとも言えます。たとえば、江戸時代までは日本国内でも地方ごとに文化や言語が、こと民衆の生活ではある程度のバラエティがありました。参勤交代で地方から江戸詰めになった武士どうしが会話するときには、「共通言語」として武家の教養である謡曲で話していたということもあったそうです。階級によっても文化には違いがありました。 それをひとつの「日本人」という概念でまとめること、日本語という言語で統合することによって、近代的な「民族」概念になるのではないでしょうか? > このネーションという言葉は翻訳不可能な、西洋発の概念だというのが、私の考えです。 「不能」かどうかは分かりませんが、日本語になかったことは確かです(中国語にはあったんでしょうが)。だから明治以降、「民族」とか「国民」を訳語として造語したのです。 > >『その日本の平和の伝統が、島国と言う環境によって成り立っているのならば、それを外国に押し付けることは不可能です。(水原文人さん)』 > > という水原文人さんの指摘は正しいのです。(この点私の前回文章は舌足らずでした。) > > この「侵略されない」と言う恵まれた地勢上の有利さは、黒船以後の西洋の海軍による侵略という環境で意味を失ったと、水原文人さんは考えているようですが、私は相変らず、日本は侵略されない国だと考えています。 > > 例えば明治以来の日本の戦争は全て必然性のない、国にとって不要な戦争だった、と考えるからです。 これは理屈としておかしいでしょう。「国にとって不要な戦争だった」と信じるために、「不要な戦争ではなかったかも知れない」可能性である「黒船以後の西洋の海軍による侵略という環境」はなかったと信じる、というのであれば、それは小林さんの個人的信仰であり、論理的に原因と結果がひっくり返っている以上、他人を説得することは難しいと思いますよ。 > つまり実際の侵略の恐れは無かったのに、侵略されるかもしれないと恐れて、過剰反応した戦争だったと、私は考えています。 それを言うには、まず「実際の侵略の恐れは無かった」のかどうかを歴史的に検証しなければなりません。ちなみに、実際に黒船で開国させたアメリカ合衆国は当時捕鯨基地が必要だっただけで領土的野心はなかったと考えることはできるのでしょうが、それよりは南北戦争でそれどころではなかったという偶然のおかげだったと思いますよ。 イギリス、フランスに関しては、前者は薩長、後者は江戸幕府を支援することで、少なくとも間接的に保護領にしようとする可能性はあったと思いますが。 > だから明治以後も引き続き侵略されない環境だったという考えです。 > ところで水原文人さんは日清日露戦争の必要性を認めますか? 現にあったことでその結果として現代に至る歴史がある以上、必要か不要かを訊かれても困ってしまうのですが…。 > ミサイルの時代になっても、侵略されるはずがない、という環境に変わりは無い、と私は考えるのですが、如何でしょうか? 逆に冷戦後の現代であれば、ほとんど「侵略されるはずがない」と言いきることはできると思いますよ。地理的条件ではなく、現代の国際環境がそうなっていますから。ただもちろん、本格的な狂人が近隣諸国で独裁者になったりしたらその限りではありませんが… > ついでに「怨霊を祭る宗教は世界のどこにでもある」との事ですが、知りませんでしたので具体例を一つだけでも教えて貰えないでしょうか? アニミズムは世界中に「あった」(過去の話)なんですが…。その痕跡は、たとえばギリシャ神話にもありますし、「マハーバーラタ」などにもありますよ。詳しくは知りませんが、ネイティヴ・アメリカンの信仰にもあるようです。 > 小泉首相が、笑顔を見せない胡錦濤首相に、笑顔で握手したことについて、この笑顔の態度を、梶村太一郎さんは卑屈で、奴隷根性で、売国奴で、こびへつらいで、おべっかだと罵倒したことについてもう一度強調します。 > > この売国奴だとか卑屈だというのは、ウヨクが特に強く感じる感情で、西村眞吾氏が相応しいことは既に言いました。 > > なぜかと言えばこのような感情は、愛国主義者特有のものだからです。 愛国主義には右翼にも左翼にもありますよ。 > 「あの笑顔が卑屈に見えた」という気持ちは誰にでも解る言葉なのです。 僕も卑屈だと思いましたが。 > 笑顔を作ることが典型的な日本的反応であることは、私も認めます。 そんなことはないでしょう。あの状況であの笑顔ってのは、日本だろうがどこの国だろうがありえないと思いますが。 > さて首相の笑顔を見て恥ずかしいと感ずるのは、日本人として恥ずかしいという感情です。 そりゃ日本国の政治指導者があれじゃ、日本人として恥ずかしいと思いますが、 > 同じ日本人として、日本的なしぐさ(笑顔)が恥ずかしいと感ずるのは、日本が野蛮で遅れているという意識が前提にあって、 …というのは関係ないんじゃないですか? ただ小泉という一人の人間が恥ずかしく、それが我が国の政治指導者だから困るわけです。不適任じゃないか、と。 |
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