| 34720 | 返信 | 「罪刑法定主義」と国際法 | URL | 五番街 | 2005/04/29 14:58 | |
| 烏龍茶さんと告天子さんの間で興味深い議論が繰り広げられているようですが、これまで全く見逃していました。 告天子さんは、不戦条約あるいはハーグ条約には刑罰の規定がないにも関わらず、東京裁判で被告を死刑の判決を下し、それを実行したことは、この裁判がリンチである証拠だ、と主張されているようです。 それで、この「刑罰法定主義」と、その規定が存在しない国際法に対する違反の場合に、刑罰を課すことが可能か、可能ならばその刑罰の種類はどうなるのか、と言う問題について考えて見ることにしましょう。 むろん、告天子さんの主張では、刑罰の規定が存在しない国際法違反を理由に刑罰を課すことは不当、ということになります。 しかしながら、たとえば藤田久一は、「戦争犯罪とは何か」(岩波新書)で、第一次世界大戦後の戦争犯罪の取扱について、次のように述べています。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------- p.54-55 以上からすでに大部分が論証された。すなわち、ヴェルヘルム二世は国際法犯罪を犯したゆえに訴追されうる。これを裁くために「多分魅力的ではあるがもっとも実行性に乏しい解決方法として、まず国際連盟を設立し、ついてそれに裁判所を設置させ、かつ、国際犯罪に適用される手続および刑罰体系を起草する方法」がある。他方、同盟および連合国の社会は何年もまえからすでに存在している。同盟および連合国は国際的事実上の政府として行動する。そして連合国のみが高等裁判所を構成するのである。 ここで、刑法の不遡及原則は犯罪の決定に対する障害とはなりえない。ドイツ皇帝の命令により犯された犯罪とは、国際慣習において、および明確な条文とくにそのいくつかはハーグ諸条約において定められている、ハーグ諸条約中には違反に対する刑罰が定められていないが、この沈黙は、それらが制裁されないことを意味するものではない。 刑罰について「法律なければ犯罪なし」ないし「罪刑法定主義」は、普通法犯罪に適用される国内刑法にとってのみ完全に有効であるにすぎない。国内法と国際法は異なった発展段階にある。国際刑法はなお初歩的発展段階にあり、そこでは法は行為に対する対応によって形成され、また刑罰は裁判官の良心にのみ依拠し、また裁判官は犯罪人を復習から救済するために存在する。そして裁判所の手続は裁判所自身が決定する。ここでは法の不遡及を理由とする異議は妥当しない。不遡及原則は、手続法にも司法組織法にも適用されないからである。 --------------------------------------------------------------------------------------------------------------- つまり、私なりに要約すれば、前ドイツ皇帝ヴェルヘルム二世に限らず、戦争犯罪を犯した者は、ハーグ条約には罪刑規定がないにも関わらず、事実上の政府である連合国が設置した裁判所に追訴され、裁判官の良心にもとづいて刑罰が決定される。いわゆる「罪刑法定主義」は、国内刑法では有効であるが、国際法違反の場合には採用されず、法の不遡及原則も適用されない、ということになると思います。 このように、第一次世界大戦の戦争犯罪に対する措置において、「罪刑法定主義」と「法の不遡及原則(事後法の禁止)」が明確に否定され、これが当時の国際社会で承認され、さらに、第二次世界大戦の戦争犯罪に対する方針に継承されているのです。そのため、東京裁判においても「罪刑法定主義」や「法の不遡及原則(事後法の禁止)」という国内刑法の大原則が適用されなかったのも当然の帰結です。 この「罪刑法定主義」の原則の不適用は、日本を含む「戦争開始者責任および刑罰執行委員会」の報告では、次のように述べられています。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 同書 p.35 戦争の法規慣例または人道の法に対する犯罪のかどで罪を負う、敵国に属するすべての人々は、彼らの地位がいかに高いものであれ、国家の首長を含む地位の区別なく、刑事訴追の対象となる。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ハーグ条約では、個人の処罰規定が存在しないにも関わらず、この報告書は個人の処罰を行うことを明確化しており、国内法に適用される「罪刑法定主義」の原則が、戦争法違反者に対しては不適用になることを示しています。 じっさいには、第一次世界大戦以前においても、戦争法違反者は、それを捕獲した自国あるいは敵国が処罰することが認められており、藤田は次のように述べています。 ・当時の国際法は戦争犯罪を犯した敵人を自国の裁判所で裁く権利を国家に認めていたといえる。各国は、戦争犯罪の国内的処罰を効果的に適用するために、違反行為を決定し、処罰制度を整備したのである。(五番街注:「当時」は、文脈上、第一次世界大戦以前を指しています。) このことから分かるように、各国では、ハーグ条約では規定されていない戦争犯罪人の処罰を行っていたのが現実であり、それが国際慣習法として認められていたのです。文中の「国際法」は、具体的な条約などの国際法を意味するのではなく、戦争犯罪人の処罰を、各国が相互の黙示的合意として認識し、義務慣行として実施するという実態から、藤田は、これを国際慣習法として理解していることを示しています。 上記の「報告書」は、その国際慣習法を追認し、さらに、それを拡大して「国家の首長」も処罰対象としたものであり、国際法に違反した元首も処罰の例外ではあり得ないとした点に新しさが見られるに過ぎません。そして、国際慣習法であった戦争犯罪人の処罰は、ごく一般的な、犯罪人の処罰による再発防止という通常の考え方からして、受け入れられるものであり、さらに同様に、元首の処罰もまた、受け入れられる考え方です。 なお、ヴェルサイユ条約第7編には次のように述べられています。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------同書 p.39-40 同盟及び連合国は、国際道義と条約の神聖を傷つけた最高の犯罪について、前ドイツ皇帝ホーヘンツォレルン家のヴェルヘルム二世を追訴する。 右の被告を審理するために特別裁判所を設置し、被告に対して弁護権に必要な保障を与える。この裁判所は五名の裁判官をもって構成し、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本が各一名の裁判官を任命する。 裁判所は、判決に際し、国際間の約定に基づく崇高な義務と国際道徳の存在とを立証するために、国際政策の最高道義の命ずるところに従う。その至当と認める刑罰を決定することは裁判所の義務である。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------- このように「国際道義と条約の神聖」に違反した政治指導者を、勝利した連合国が追訴することも、同様に第二次世界大戦の戦争犯罪の措置に受け継がれています。 |
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