| 34727 | 返信 | Re:JR福知山線脱線事故で亡くなられた方々を悼む | URL | inti-sol | 2005/04/29 21:47 | |
| おっちゃん > いやいや、さきほどですが今回の事故のあとオーバーランが増えているという報道がありました。 私の推測では、オーバーランが増えたということはない。「発覚する」オーバーランが増えたというだけに過ぎないと思います。昨日のニュースでやっていた2mのオーバーランなんて、こんなときでなかったらオーバーランとは認識されなかったと思います。 実際、私が通勤で使っている某地下鉄は、最新式の列車制御装置が導入されて以降こそ、オーバーランがまったくなくなりましたが、それ以前は結構頻繁にありました。もちろん、100mなんてオーバーランは見たことありませんけれど。停車位置を直すほどのオーバーランは、ある時期は多分2〜3ヶ月に1回くらいありました(2mなんて程度のオーバーランでは、多分停車位置を直すことすらなかった)。私が乗る電車というのは、1日往復4本に過ぎません。月25日出勤するとして、延べ月100本、3ヶ月で300本の列車(それも始点から終着まで乗っているわけではない)に1回はオーバーランに遭遇していた計算になります。その割合から言えば、JR西日本全体で1日に5回や6回のオーバーランがあったってちっとも不思議ではありません。 > 「緊張しすぎて・・・」とからしいですが、私は同僚運転手たちによるデモンストレーションではないかと(つまり上のinti-solさんのような観点の補強のための)勘ぐりたくなる。 勘ぐるのは自由ですが、そのために、自殺者が出るほど過酷な「日勤教育」を受け、ボーナスや乗務手当をカットされる制裁を受けてまでそんなデモンストレーションをやるとは、考えにくいです。 > 自殺には同情しますが、「荷物」を運んでいるのではないのですよ。 はい。荷物じゃないです。はっきり言って、50秒の遅れや100メートルのオーバーランを100回繰り返そうが、事故を起こして死者を出すよりは一万倍いや一億倍マシです。50秒の遅延に対して制裁を課したりしなくていいから、スピードオーバーに対して制裁を課すべきです。 ところが、実際にはそうなっていないから問題なわけです。 > 会社側の管理や指導が厳しいから無謀な運転に走ったという観点は間違いですし、今回の事故の場合は同情の余地はない。 運転士に非があることは間違いありませんよ。そんなことは当たり前。けれども、運転士に同情の余地がないということと、会社側の管理や指導に同情の余地がないということは、別に相反する要素ではないのです。 人間というのは、必ずミスを犯す生き物です。ミスのない人間などいない。「会社側の管理や指導」によってミスをある程度減らすことはできるでしょう(※)が、なくすことはできません。会社の管理や指導でミスがなくせると思うのは、会社の管理や指導で人間が聖人になれると思うのと同じくらい馬鹿げたことです。 実際、過去に起こった多くの交通事故(鉄道に限らず)の多くは、何らかの人為ミスが原因になっています。それに対して、ミスを犯したものの責任を問うことも必要です。管理や指導を厳しくすることも必要でしょう。けれども、それだけでは解決にはなりません。 だから、ATSなどという安全装置が開発されたのです。ATS開発のきっかけになったのは、機関士の赤信号無視が原因となった三河島事故です。赤信号無視は、無視した運転士(機関士)が悪いに決まっています。でも、「運転士が悪い」じゃ何の解決にもならないから、人間はミスを犯すという前提の上に立って、それをカバーする安全装置を開発したわけです。 ATSの一番最初のタイプは、信号無視に対して運転室で警報をならすというものでした。ただ警報のブザーが鳴るだけで、ブレーキを自動的にかけるものではなかった。 そりゃ、警報が鳴っているのに、ブレーキをかけなかったら、かけない運転士が悪いに決まっています。でも、それでは解決にならないから、警報を無視するとブレーキも自動でかけてくれるATSが開発されたわけです。 > 「運転士の裁量」でやったことならなおさら運転士の「責任」は重い。 そうやって、運転士だけに責任をおっ被せている限り、本質的な改善など望めません。そんなことを運転士の「裁量」の範疇にさせてしまう会社の体質の方が、よほど問題だと思います。 遅延に対しては過酷な制裁が待っている。ダイヤはどんどん余裕のないものになっていき、定められた上限のスピードでは遅れを取り戻せない、裁量で「回復運転は裁量でやれ」と指導されている。そりゃ、スピードオーバーに対する誘惑を無限に拡大するような体質を会社そのものが生み出していると言わざるを得ないでしょう。 > それから事故を起こした運転士に(経験や前歴をふまえて)なぜ運転させたのかという批判がおおかたの主張でしょう。 そんなことは、本質的な問題ではありません。運転士の個人的な資質に問題を矮小化することは、何の解決にもつながりません。 誰だって最初は新人なんですよ。最初から経験10年のベテランだ、などという運転士がいたら、お目にかかりたいものです。 秀里氏が昔のSL時代のことを書いていますが、今運転士/機関士は一人で乗務しますから、機関助手なんて、やりたくたってできません。JRは旅客と貨物で会社が分割されていますから、JR西日本や東日本の運転士が貨物列車の運転をすることも、JRFの機関士が旅客列車の運転をすることもない。ローカル線はかなりの部分が廃止されてしまったから、ローカル線で経験を積む、なんてこともできません。 (※)「会社側の管理や指導」によってミスをある程度減らすことはできると書きましたけれど、JR西日本のやっている「会社側の管理や指導」は、安全を守ることを主眼とした管理や指導ではなく、定時運行(とサービス)を安全より優先するような管理や指導だったと言わざるを得ないでしょう。そして、そのような「会社側の管理や指導」によっては、ミスを減らすことなどできないでしょう。つまり、「会社側の管理や指導」の本質的な方向そのものが間違っていたということです。 で、さすがに今回は警察もJR西日本の労務管理自体が事故の原因と見て刑事責任を追及する方向のようです。 http://www2.asahi.com/special/050425/OSK200504280089.html |
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