| 34751 | 返信 | Re:JR福知山線脱線事故で亡くなられた方々を悼む | URL | tpkn | 2005/04/30 11:08 | |
| inti-solさん > >ほうら、「見習い期間に指導の運転士から教わる」とは見事なまでの労使の「共犯」関係ですね。 > >そこまでわかっているのなら何故これまでに告発しなかったのか?言うに事欠いて、何が「裏技」か・・・ > > 裏技といっても、直線の制限速度は120km/hですから、法令には反しない範囲の「裏技」です。論理的に言えば、直線は120km/h、そして、70という制限速度が書かれたカーブに入る瞬間までに70km/hに落とせば、法令とJRの規定には反しないわけです。 > そういう範囲の「違法ではないギリギリの運行」をやらざるを得なかった、ということを、この証言は示しています。 つまり、ここでもまたinti-solさんは「法令とJRの規定には反しない」「違法ではない」ということのみを主張していて、おっちゃんの > 現場の「プロ」でさえ危険性(乗客の安全)をこの程度に考えていたわけでしょう。 > 救われないのはいつも一般市民(乗客)です。 という指摘に何も応えてないのではないですか? つまり、 ・JRは問題のある労務管理をしていた ・労働者側は「違法ではないギリギリの運行」をやらざるを得なかった どこまで行っても「労使の対立」の範囲から抜け出ることがないではないですか。 もし労働者個人が労働者個人の責任において「乗客の安全」を真剣に考えるのであれば、「違法ではないギリギリの運行」などしていないでしょう。なぜなら「ギリギリ」が失敗したときは、単に「法令や規則に反する」というだけではなく、その結果として乗客の安全が脅かされることになる可能性を意識するからです。多くの労働者は、「法令や規則」と、それが目的とするものの因果関係がわかってないのではないかm「ギリギリ」が失敗した場合、単に自分が懲戒処分を受けるよりもはるかに大きな不利益が社会全体にふりかかる、そういう意識が欠けてるんではないでしょうか。 「ギリギリ」の先にあるものを「規則違反」ととらえるか「乗客の安全」と捉えるかという、根本的な問題への指摘ではないですか(八木沢さんの投稿も同様)。 |
||||||
![]() | ||||||