| 34781 | 返信 | Re:「罪刑法定主義」と国際法-2(横レス) | URL | 火の鳥草 | 2005/05/01 11:51 | |
| 告天使殿、五番街殿 国際法と戦争の関係、さらに極東軍事裁判所(東京裁判)での適応に関する議論を興味深く拝見しております。 小生もほぼ3年前、本掲示板での有事法制の議論において「軍隊(アームドフォース)の行動規範と国内法」なる標題において、多少国際法の関連につき触れた経緯があるからです。 http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=14521&range=1 http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=14588&range=1 http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=14644&range=1 (なお、あの当時、小生が強く主張した「ジュネーブ諸条約の第一、第二追加議定書(1977年:国際的武力紛争の犠牲者の保護、非国際的武力紛争の犠牲者の保護)」の我が国での早急なる批准が、その後の関係者の努力により両院でなされたことを多としたい。自衛隊が海外に出て行く時代、これで我が国も文字通り国際的に平等な国家になった) というわけで、横レス失礼。両者の議論をディスターブする気は毛頭ありません。 以下、勝手ながら小生のお勉強のつもりで、国際法の講義録を中心にまとめて見ました(文責はすべて小生にあります)。何らかの参考になれば幸甚。 1)戦争に関する国際法の観念は時代と共に変遷 御両者にとっては釈迦に説法、言わずもがなでしょうが、国際法が規制する観念、特に戦争に対するそれは、時代によりどんどん変遷していく。 そもそも、国際法は欧州を中心に主権国家間の規定として発達、これに対し東アジアは中国を中心(華夷秩序観)とする儒教的規範、西アジアはイスラムに基づく法(シャール)の支配があったわけだが、最後まで欧州的国際法概念に対抗していた東アジア(清)が、その華夷秩序を放棄せざるを得なくなったのは19世紀末(満州事変からわずか35年前)のことである。 日清戦争で清がその化外の地である日本に負け、清の最も忠実忠良な朝貢国だった朝鮮が下関条約で独立し、中国と朝鮮との関係を欧州的国際法で律せざるを得なくなったことから、2000年に及んだ華夷秩序はこのとき完全に崩壊した。 このように、欧州列強がどんどんアフリカ、アジアに帝国主義的植民地支配を進める時期に欧州的国家観で国際法が形付けられていき、その都度、観念・規範が変遷していった。 よって、すべての国際法議論は問題にするその時の国際法規範をベースに議論しないと意味がない。 2)戦争と国際法の関係「平和に対する罪」 ●19世紀後半に確立し20世紀初頭まで支配的な無差別戦争観: 戦争は超法規的事象。国際法の評価対象にならない。戦争の開始は国際法上合法とも違法ともいえない。 ●第一次大戦での変化:戦争は違法だ。カイザーを縛り首に!(だが実行されず) 仏、英の強い主張「第一次大戦はドイツが起した違法な戦争。よってカイザーを処罰する権利を戦勝国は持つ。ドイツから賠償を取り立てる権利も持つ」 (a)ヴェルサイユ条約227条;カイザーを追訴する条項 (b)同231条;ドイツの戦争責任を規定する条項 (a)は、カイザー・ウィルヘルムがオランダに亡命、オランダは引き渡し拒否により実行されず。極一部のドイツ軍人が追訴されたのみ。 (b)天文学的な賠償はご承知のとおり。 ●第一次大戦後の変化: 戦争は違法だという観念が広まる。 1927年国際連盟決議 1928年不戦条約(国際紛争を解決する、あるいは国家の政策の手段としての戦争の放棄(侵略戦争を含む)。自衛、国際的対抗措置としての制裁のための戦争は認める。ただし、肝心要の自衛権の行使か否かを判定する機関の存在規定無し。) 1933年ラテンアメリカ不戦条約 しかし、(違法な)戦争を開始するのに責任のあった指導者個人を刑事的に裁く観念はこの段階では確立してなかった。 ●第2次大戦末: ナチス・ドイツの戦争中における残虐な戦争犯罪(ホロコーストではない)の衝撃が、従来からあった(旧ハーグ条約的)伝統的観念での戦争犯罪者個人を裁くことと、戦争は違法であるという新規に広まった概念とを結合させ、戦争を開始するのに責任のあった指導者個人を刑事的に裁くべきとする「平和に対する罪」という観念となった。 よって、極東軍事裁判所における「平和に対する罪」で、その違法性の認定をこの裁判所自身が行ったことの国際法上の妥当性は厳密に言えば問題あり、ましてや個人が「平和に対する罪」で裁かれるということは、この段階では明らかに事後法以外の何者でもない。 2)国際法「人道に対する罪」 ホロコーストは従来規定する戦争犯罪ではない。何故なら、ユダヤ人の迫害虐殺は戦争前から行われていた。迫害虐殺されたユダヤ人のほとんどは自国民である。 そこで、「正義の要求」という形で出てきたのが、ニュルンベルグ裁判で出てきた「人道に対する罪」 これを国際法上の犯罪として規定したのが1948年ジェノサイド条約。尤も国際法といいつつ、裁判が「属地主義」になっていたり、または国際刑事裁判所での管轄としても普遍的管轄権がなかったり、問題多い。 3)近年の国際法 (略) ただし、何でもかんでも国際刑事裁判所でリーダを裁きさえすればいいという風潮はおかしい。 特に、国家元首、軍司令官レベルを国際刑事裁判所で裁く意味は何か? ・このような裁判で個人だけを裁くことが、果たして国家リーダにとって抑止力になるか? ・国家元首を国際裁判にかける行為は、国際共同体が主権国家を解体しつつ、その国家機関の責任を追及すること。しかし、大国のリーダが裁かれる状況は(全面敗戦でもない限り)考えにくい。あるとすれば小国のケースのみ。これはダブルスタンダード。よりレベルを下げた国際的、政治的制裁抑止を考えるべき。 |
||||||
![]() | ||||||