34801 返信 Re:「罪刑法定主義」と国際法-4 URL 五番街 2005/05/02 13:52

やれやれ、告天子さんは困った人ですね。罪刑法定主義の意味も理解していないで、これを振りかざして、法定主義に反する主張を繰り返すかと思えば、国際法とその裁判の関係についても無知にもとづく自分勝手な曲解をもって、主張を繰り広げています。告天子さんは、図示すれば、「国際法=東京裁判」と両者を結びつけて、罪刑法定主義を国際法にも東京裁判にも適用するという愚を犯しているのですが、全くそのことには気がついていません。


さて、告天子さんの発言を引用しましょう。

> (五番街さん34755より引用)
> >前回の投稿で私が述べたことを要約すると、罪刑法定主義は国内刑法に適用される原則であり、国際法には適用されない
> >藤田は、「罪刑法定主義」は「国内刑法にとってのみ完全に有効」と述べており、これは、「罪刑法定主義」は国際法にとっては「無効」であることを意味していることが理解できないのでしょうか
> >なぜ告天子さんは、このように「思う」のか理解できませんが、国内刑法の原則である罪刑法定主義を国際法に適用しようとすること自体が間違っているのです。(五番街)
>
> このように、東京裁判は罪刑法定主義を無視して当然である、と先にあなたは主張しています。お忘れになったのでしょうか。(告天子さん)


私が想定するまともな理解力をもった読者であるなら、すぐに気がつくと思いますが、私は「国際法」と述べてはいるが、「東京裁判」とは一言も述べていません。なぜなら、両者は異なる存在であり、同一視できないからです。

にも関わらず、告天子さんのアタマの中で、この「国際法」を「東京裁判」とオーバーラップさせて、同一の存在と解釈してしまっています。「国際法」と「東京裁判」は同一ではなく、また、直接的に結びつけられる関係にはありません。

このような誤りをなくすために、両者の関係について説明することにします。そして、むろん、これは、東京裁判の当時の状況における関係です。より厳密に説明するために、これまで使用されていた「国際法」という語を「戦争法」と改めて使用することにします。

まず、その前提として把握しておかなければならないのは、国際社会には「戦争法」が存在しても、その法執行機関が存在しないという特徴があることです。つまり、戦争法違反に対しても、それを取り締まり、処罰するための警察、検察、裁判所が存在しません。

これが国内刑法および国内社会との大きな、そして本質的といえるほどの相違点です。国内社会には、国内刑法の違反者の検挙、起訴および裁判、執行をおこなうための中立的な法執行機関が完備され、しかも絶対的なパワーをもって、国内刑法の対象者である住民の上に君臨しています。

しかし、国際社会にはこのような法執行機関が存在しないために、戦争法に違反した場合でも、その違反者を法的に処罰するという中立的なシステムが存在しません。したがって、戦争法に対する違反は、国際社会では処罰できないことになります。

しかしながら、1899年に成立したハーグ条約以前から、戦争法の違反者は、それを捕獲した国家が処罰することが国際慣習法として成立していました。

このシステムの問題は、違反者を捕獲した国家は、国際社会の法執行機関ではなく、あくまで国際社会の一員という存在でしかないことです。つまり、国家には、国際社会の法執行機関として戦争法違反者を検挙、起訴、処罰するための権限が与えられていません。換言すれば、国家は、国際法違反に対しては、全く無力であるということになります。

そのため、国家は、戦争法違反者を、その法の違反を理由として捕獲、追訴、処罰するのではなく、戦争法を反映した国内法を整備し、国内法違反として、追訴し処罰するという方法が採用されていました。

藤田久一は、「戦争犯罪」(岩波新書)で次のように指摘しています。
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交戦国の国内制度で裁く
以上のように、第一次世界大戦までの組織化されていない国際社会においては、戦争犯罪とは一般に当時の戦争法の法規慣例の違反行為をさし、交戦国兵士のおこなった戦争犯罪の処罰は、もっぱらその交戦国の国内制度によるものであった。その場合、敵兵士による戦争犯罪であれ自国兵士の戦争犯罪であれ、自国の国内裁判所で裁くことになるのである。いいかえれば、当時の国際法は戦争犯罪を犯した敵人を自国の裁判所で裁く権利を国家に認めていたといえる。各国は、戦争犯罪の国内的処罰を効果的に適用するために、違反行為を決定し、処罰制度を制度したのである。
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このように、国家が国内制度で戦争法違反者を処罰するためには、戦争法を反映した「違反」規定と「処罰」規定を定めた国内法を制定し、国内法違反者として処罰するという方法が実施されていたのです。

この国内法は、交戦相手国の軍人などを対象とした場合には、一般に軍律と呼ばれるものであり、戦争法に違反した相手国の軍人は、軍律に対する違反を理由として裁判にかけられ、有罪となった場合には、軍律の処罰規定にもとづいて処罰が決められて実行されました。

この事例の一つが、日本において、米国が行ったドーリットル爆撃などの搭乗員が裁判にかけられたケースです。このケースでは、国際社会の基準となっていた空戦条約をベースとして、いわゆる空襲軍律が制定され、この軍律は、「罪」と「刑」を規定したものであり、米国の搭乗員は、この軍律違反を理由として裁判にかけられて処罰が行われたのです。ただし、この空襲軍律は、ドーリットル爆撃が行われた後に制定されたものであり、完全な事後法ですが、そのベースとなる空戦条約を実体法とする手続法として、通常の意味での事後法の欠陥がありません。

戦争法違反者は、捕獲された国家の国内法(軍律)違反者として国内で裁判が行われるため、その裁判官もその国家に属する者になります。したがって、実質的に空戦条約違反者を被告とする空襲裁判でも、日本人の裁判官が採用されることになります。

この戦争法違反者に対する法執行システムは、同様に東京裁判に受け継がれており、戦争法を実体法とする極東裁判所条例という軍律(手続法)が制定され、その中で「罪」と「刑」の規定され、この条例を定めた連合国の裁判官によって、戦争法違反者の裁判を行ったものです。

このように、東京裁判は、日本の空襲裁判と同様の法執行システムにもとづく裁判であり、したがって、東京裁判を「勝者の裁判」と批判することは出来ません。

最後になりますが、告天子さんのように、国際法=東京裁判とみなすことは間違いであり、罪刑法定主義の原則を国際法(戦争法)に適用しようとすることには、何の意味もありません。