| 34828 | 返信 | うんざりさせられますね、八木沢さんには | URL | 五番街 | 2005/05/03 14:31 | |
| またうざったいのが出てきましたなぁ。八木沢さんのことです。 > あーしつこい。「国際法と国内法は違う」といったとき、その根拠はオースティンがいうように「強制力の欠如」というところに求められる。東京裁判のような、強制力の欠如という前提がない場合にも「罪刑法定主義は国際法の原則とはなっていない」旨を繰り返すのは、国際法と国内法がなぜ違うとされているのかも知らずに、ただ「違う」ということだけを機械的に暗記したマニュアル思考に基づく安直な主張であると断言せざるを得ない。ほとんどの場合、強制力がなくとも国際法は守られる、相互主義(「自分が守らなければ、相手が守らないことに抗議できない」)によって、である。 こんなことについては、既に私の投稿で述べています。 >罪刑法定主義を否定するのなら、国際裁判なる本来の国際法からは逸脱したものの存在も同時に否定しなくてはならない。なぜこの程度の一貫性すらもてないのか。 むちゃくちゃですな。八木沢さんは、罪刑法定主義の意味が分かっているのでしょうか? 何回も書いたことだけど繰り返せば、罪刑法定主義は、「罪」と「刑」を「法」によって「定」めることです。この「罪」と「刑」の2つのファクターともに「法」の中で明示規定されることが不可欠です。さもなく、たとえば、「罪」が規定されているにも関わらず、「刑」の規定がない「法」は、それに違反したとしても処罰することはできない、という考え方です。 ところが、戦争法は「罪」の規定が存在し、「刑」が規定されていないという特徴があり、したがって、たとえば、ハーグ条約陸戦法規に違反した軍人は、この法規違反という理由で処罰されないという原則が罪刑法定主義です。 たしかに、この法規違反を理由に「国際裁判」を開くことはできず、また、違反した軍人を処罰することはできないので、罪刑法定主義は戦争法にも適用されるということができます。 しかし、各国が国内法を整備し、その中でこの法規の禁止事項と同様の「罪」を規定し、同時に「刑」も規定することで、捕獲したこの法規違反者を処罰することが国際慣習法として認められていました。 前述のように、罪刑法定主義の原則では、この法規違反者を処罰することができないにも関わらず、この方法によって処罰することは、罪刑法定主義の原則を逸脱したものであり、反するものです。 この方法による戦争法違反者の処罰の事例は、日本の空襲軍律を定めて、空戦条約違反のドーリットル爆撃の搭乗員などを処罰したケースです。このように罪刑法定主義を逸脱した戦争法違反者の処罰が国際社会で認められ、国際慣習法として定着していたことも、慣習などの非明示規定を否定する罪刑法定主義の原則に反するものです。 ついでに、戦争法違反者に対する処罰が国際社会で認められていたことについて、日本政府は次のように述べています。 --------------------------------------------------------------------------- 太平洋戦争後の1946年9月、陸軍省を継承する復員庁第一復員局はこう述べている(「軍律に関する見解」)。「陸軍中央部は(空襲軍律は、・・・五番街注)遡及適用したのではないと見解した」。なぜなら、ドーリットル空襲のような無差別爆撃すなわち「[戦争]犯罪が処断せらるる事は国際法上認められたことであって、之(これ)を実行したに過ぎないからである。而(しこう)して、事後に制定されたものは単に処断手続に過ぎない」のだ、と。(「軍律法定」北博昭著 朝日選書より引用) --------------------------------------------------------------------------- これによって明らかなように、空襲軍律のベースとなる空戦条約には、違反した場合の罰則規定がないにも関わらず、違反者を処罰することが認められているという原則は、国際慣習法として、他の戦争法にも適用されていました。 したがって、八木沢さんの主張は全くの誤りであり、戦争法は「罪刑法定主義」の原則が否定されるからこそ、「国際裁判」によって戦争法違反者を裁くことが可能なのだ、ということです。 >東京・ニュルンベルク両裁判については、国際法は罪刑法定主義の適用を免れるなどというところになど当事者である連合国側ですらその正当性の根拠を求めておらず、 東京裁判およびニュルンベルグ裁判は、それぞれ極東軍事裁判所条例および国際軍事裁判条例を定めることで戦争法違反者の処罰が可能になったのであり、これは空襲軍律による空戦条約裁判と同様に、罪刑法定主義に反する方法です。 >国連は1948年「ジェノサイド条約」作成とほぼ同時に「世界人権宣言」を採択し、第11条2項にて罪刑法定主義の適用は国際法にも及ぶことをわざわざ明記している。基本的な資料にあたるだけで十分たどりつく結論に至らずに何故あれこれ詭弁を展開するのであろうか。 > 「世界人権宣言」第11条第2項(1948年12月10日採択) > > 何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかった作為又は不作為のために有罪とされることはない。また、犯罪が行われた時に適用される刑罰より重い刑罰を課せられない。 > この八木沢さんの発言は、非常に興味深いですね。まず第一に、八木沢さんは言外で、この第11条2項が採択される以前のハーグ条約などの戦争法に罪刑法定主義が適用されるから、私の主張が間違いだと主張しているのです。これは、通常の考え方では、この第11条2項が以前の戦争法にも遡及して適用されるということであり、事後法を肯定することになります。で、これは、ご自身の事後法否定の主張と全く矛盾しますね。 第二に、この第11条2項の規定は、罪刑法定主義の原則が国際法にも適用される、とは解釈できません。どこをどう読めば、このように解釈できるのか説明して下さい。さて、八木沢さんは、できますかな。 |
||||||
![]() | ||||||