| 34853 | 返信 | 東京裁判と靖国を巡って | URL | あしな | 2005/05/04 22:02 | |
| 極簡単にまとめて東京裁判に関する一連のやりとりは、 「東京裁判は所詮は勝者の裁きであり正当ではない」という立場と 「それなりの整合性を有していてそれほど不当ではない」という立場の対立のように見える。 裁判の正当性に関して絶対値への評価が両者で同程度であったとしても、そもそも価値判断のベクトルが違っているのだから話にならない。 「正当ではない派」は米英と大日本帝国の関係において「勝てば官軍」的な裁判の不当性を主張する。これは実は大日本帝国がアジア人民に対して為した悪さを捨象している点で「太平洋戦争史観」(道場親信:占領と平和 〈戦後〉という体験 青土社 2005 107ページ吉田裕の重引)の枠内に収まるものであり、その点で東京裁判において実現されたイデオロギー(国内的には天皇制の維持)の影響下にあるといえる。 同時に東京裁判が上記のようなものである限り、東京裁判を肯定的に評価する者に対しても「裁かれなかったもの」をどのように認識するのか?ということが問われる。 1930年代に謀略的な軍事侵略を実行したのはやはりまずいだろうという点と、殆ど対中国戦争で手詰まりだったところで対米戦争まで引き起こしてあらゆる面での「拙さ」を晒した上にボロ負けしたという事実に関して、どう言い訳したところで正当化しようがないだろうと、私は考える。米英もバカで残虐だったかもしれないが、大日本帝国はもっとバカで(それ故)もっと残虐だった。大日本帝国の協力者でもあり被害者でもある日本の人民の立場から見れば、勝者の裁きであれ裁かれた分だけマシと言えるし、それ以上に天皇と人民の免責は東京裁判によって確定したとされる(前掲書参照)。このような東京裁判的なものを前提として受け入れることで戦後の(象徴天皇制下の)日本国が成立している。 戦後日本国の成立に当たって象徴天皇制はその存続と軍備(靖国的なイデオロギーを含む)の放棄をバーターすることで可能とされた。そこで象徴天皇制を前提とする者が公的に靖国を参拝することは、その体制の根幹に抵触することとなる。あるいは靖国公式参拝という行為によって象徴天皇制そのもの乗り越えを目指すのであれば、対米、対アジア両面での「契約見直し」が必要になるだろう。 |
||||||
![]() | ||||||