34941 返信 「世界人権宣言」から見る東京裁判の正当性。 URL 八木沢 2005/05/08 14:08

 五番街君。 

>おやおや、私の投稿の30分後にご登場かい。日本では午前3時半だな。こんな時間まで起きてこの問答有用を読んでいるとは、私の投稿が気になって寝られないんだな。気が弱いんだね。

 余計なお世話である。確かに私は気が弱い方だが、夜には強いのだ。
 
>アナタ自身が、世界人権宣言が採択された1948年から1980年代までの30年間以上にわたって、この条項は事後法を禁止したものではあるが、罪刑法定主義を規定したものではないという理解の仕方があった、ってことを認めているのと同じじゃないか。ちがうかい?

 ちがう。私は以下のように言ったはずだ。

 罪刑法定主義の法的根拠は事後法の禁止の条文を呈示することだけで事足りることが遅くとも1980年代には学説上決着がついているのである。 

 これは、日本国憲法の「罪刑法定主義」の規定は第39条のほかに第31条、第73条と全部で三つあるが、39条をあげればそれだけで十分だというふうになったのが遅くとも1980年代なのだということを述べているのであって、「第39条は事後法を禁止したものではあるが、罪刑法定主義を規定したものではないという理解の仕方があった」ということを意味しているのではない。そんな「理解の仕方」が存在したことはない。日本国憲法第31条も罪刑法定主義、第39条も罪刑法定主義、第73条も罪刑法定主義なのだが、「第39条」一つを挙げるだけでよくなったのが遅くとも1980年代だ、ということを意味しているのである。「世界人権宣言」には憲法第31条に該当するものがないにもかかわらず、その第11条2項だけで「罪刑法定主義」の根拠とされているからというのがその大きな理由である。世界人権宣言が日本国憲法の解釈に影響を与えたのに、五番街君の主張だと日本国憲法が世界人権宣言の解釈に影響を与えているかのようになっているが、逆である。世界人権宣言第11条2項と日本国憲法第39条が一卵性双生児の如くそっくりなのは作ったやつが同じ(連合国)だから、当然である。「少なくともこの50年、国際法には罪刑法定主義が適用されるという考え方で世界は動いている」というのは、別に「ぶっ飛んだ回答」でも何でもない。明白な事実である。東京裁判の正当化のために国際社会の基本的なルールの曲解までしては、やり過ぎであろう。また、「遅くとも1980年代」の「遅くとも」に注意を払ってもらわねばいけない。我が家にある最も古い憲法のテキストを確認したところ1982年に発行されたそれに、既にそのことが書かれていたから「遅くとも」1980年代と述べたのである。所詮は私の主観に過ぎない。ここに何のつっこみも入らず、それどころかさも五番街君自身も1980年代であることに異論なきこととしてして議論が展開されているのが、なぜだかよくわからない。相手の前提を丸呑みしているのは、その経緯についての知識がないからであろうとは思うが。五番街君は世界人権宣言第11条2項が罪刑法定主義の規定ではないとの主張をするが、この宣言を引用する実に多くの公的機関(国内各自治体の人権センターなど)がこの条文に「罪刑法定主義」の見出しをつけている。サイトなどでご確認の上、それらも間違いなのかどうか、間違いだとすれば五番街君はそれら一つ一つにどう対処するのかコメントを頂きたいものだ。何せ、ことは東京裁判の正当性にも影響を与えるのだから。しかし、遡及処罰の禁止が国際法にも適用されることはいつのまにか五番街君も認めているようだから、それだけで東京裁判の正当性の土台は実は既にガタガタなんだが。