35001 返信 Re:東京裁判と靖国を巡って 内在性と外在性 URL 水原文人 2005/05/11 01:35
横レスですが…

> > >しかもその強制は「天皇のために戦死することは格別意義がある」という大日本帝国の公式イデオロギーもしくは教義を強制することに他ならず、国家が人民を戦争に駆り立てる手段でもあったわけです。
> >
> > 「天皇のために戦死することは格別意義がある」なんて、当時の大日本帝国で公式に誰が言ってたんですか?
> >
>  靖国における祭祀の在り方がそういう意味を持ち、かつその靖国が国の公的機関と位置付けられていた事から大日本帝国の国家的イデオロギーとして。

私が最近ちょっと親しくさせて頂いている特攻隊の生き残りのご老人の言葉、


「自然の流れとでも言うますかね、そういう感じだったのが本当なんじゃないですか」
(「天皇のために死ね、と言われていたんですよね」との私の質問に対して)
「そんなのは後の時代の人がかっこつけて言ったことであって、親父やおふくろのためだから、しょうがないかなあ、と言うのが本当だったんですよ。日本人は仏教徒ですからね。『悟り』と言ったらかっこいいですけど、諦めというのが本当のところで、特攻命令が出ていざ飛行機に乗ったら、なんだか諦めてしまったんですね。それが命令が取り消しになったとたん、やはり嬉しくなるんですから、不思議なものですわ」


> > >さらに日本国の成立に当たって靖国は公式イデオロギーから排除されました。少なくとも現行憲法の理念と「天皇のために死ぬことは格別意義深い」とか「神社は宗教ではないから国民は参拝しなければいけない」という思想は両立しがたいでしょう。
> >
> > 帝国憲法の理念とも両立しがたいですね。
> >
>  そのために靖国における祭祀を宗教ではないと位置付け、参拝強制を正当化するというアクロバットが必要とされたわけです。

別にアクロバットでもなんでもなく、自分の信仰とは異なった宗教設備に対しては、それなりの礼を尽くすのが当たり前です。故ヨハネ・パウロ2世はユダヤ教の儀礼で嘆きの壁にお参りしてました。

で、今でも建築現場でまずお祓いをする場合が多いように、神道というのは半分は日本の「習俗」です。

> > >しかし靖国自体は、少なくとも「天皇(あるいは日本国家)のために死ぬ…」というイデオロギーを維持しています。
> >
> > 靖國神社がそういうイデオロギーをどこで主張をしているんでしょうか。ここでそういう主張を現にしていると思われるものがあれば示していただけますか?
> >
>  靖国が戦前の主張を維持している事は自明かと思いますが。確か芥屋さんも「戦後の変革を受け入れていない」という内容の言及をしておられたのではないかと。

戦前から「お国のため」という思想性はあったと思いますが、それは必ずしも「天皇のため」を意味してたわけじゃなさそうですね。

> > 鎮霊社という摂社(その神社の境内に設置した小祠などで、本殿とは別の対象を祀っているもの)のことでしょう?本殿は勅命を奉じて軍務に殉職した人を個人名を挙げて祀っているのです。膨大な一般戦没者だと生死もお名前もわからない人もいるし、これは靖國神社の本来の祭祀対象でもないので本ではないのですね。で、何でしょうか…それとは別に摂社を設けては駄目だということですかね。
> >
>  良いとかダメとかの話ではなく、「本来の祭祀対象」の設定の仕方自体が思想的に現行憲法体制下の公式イデオロギーと相容れないのじゃないかとの話をする中で、

だからなんで「現行憲法体制下の公式イデオロギーと相容れない」との理由で靖国神社が否定されなければならないんでしょうか? それは国家主義であり、国家が「憲法」のイデオロギーを国民に押し付けていることになります。そこを帽子屋さんに指摘されたんですよ、あなたは。

> > 誰が誰をどのように祭祀・慰霊するかは、その祭祀・慰霊したい人の自由ですから。本人や遺族の承諾なしに祭祀・慰霊しちゃいかんという法は世界のどこにだってないですよ。
> >
>  私は自分がウヨクの祭祀の対象になるのは勘弁してもらいたいね。常識的に考えて嫌がる相手まで無理矢理に祭祀するのは問題でしょう。

素朴な疑問ですが、死人が「嫌がって」いるのかどうかを、どうやって確認するんでしょう? 戦死者が「嫌がってた」という証拠をあなたはお持ちなんでしょうか? 一方で「靖国に行きたがってた」というのも、ほとんど戦後に戦前から自分たちを切り離すために日本人の総体が考えついた「戦後民主主義」の共同幻想、もしかしたら共同遮蔽記憶みたいなもののように思えますけどね。

20世紀の半ばにもなっていた近代国家だった日本で、「神州不滅」だとかのアニミズム丸だしの迷信を本気で信じてた人がどれだけいたかも怪しいとも思いますしね。しかも1930年代後半までモダニズムが大衆芸術のなかにもあふれ返ってたこの日本で。

> > >また靖国自体が戦後体制を前提に存続していながら、戦後体制を否定するという矛盾を抱えているとも言えます。
> >
> > 前にも書きましたが、そういう矛盾はないですよ。戦後に与えられた地位を前提に存在している現実と、戦後の体制やその体制のための史観を批判することは別次元ですから。そういう矛盾でも何でもないことを、いくら「矛盾だ!」と言い張っても、それは自己満足の域を超えないのではないでしょうか。
> >
>  もちろん言うだけだったらどんな矛盾したことでも言えるけどね。

だからあしなさんみたいに矛盾してないことに対しても「矛盾だ」と言えるわけですね。

> 靖国の自己矛盾ってのは「天に唾する」ようなもんで。もちろん唾を吐くこと自体は可能ですが、私はそういう行為はみっともないと思うだけで。

だったらそろそろ自分が他ならぬ「天に唾する」ようなことをしていることに、そろそろ気づいてもいいころだと思うんだが…