| 35077 | 返信 | 文明と野蛮 | URL | 小林 哲夫 | 2005/05/14 08:51 | |
| 水原文人さん こんにちは お勧めに従って、少しは大人になるよう努力します。 私の投稿目的は、私の新説を誰かに理解して欲しいと言うことにあります。 ですので議論の勝敗には拘ってはいません。 そこで今回の議論について、もう一度最初に戻って私の新説を説明したいと思います。 私は私のライフワークを「日中戦争の過ちを繰り返さないこと」と定めています。 今回の提案は、日中戦争という侵略戦争の原因を日本近代化の進め方に求めるものです。 現在の日本は概ね司馬史観になっていると考えます。 日本は日露戦争まで正しかったが、その後が間違っていた、というものですが、私は日清、日露から間違っていた、と世論に異議を申し立てたいのです。 さて日清日露のどこが間違いか?というところから私の新説が始まります。 文明開化というのは、西洋の模倣のことですが、模倣する対象の「西洋というもの」を間違って理解していた、という説です。 明治の人は(実は現代人も)、西洋を恐ろしい侵略主義者だと理解して、日本が侵略されないためには、日本も侵略競争で勝たなければならない、と考えました。 日本を植民地にしようとしてやって来たのに対抗して、日本はアジアを植民地にしなければ危ない、と思ったのです。 しかしもし仮に、「西洋は本当は日本を植民地にする気など無かった」としたら、日本の侵略は過剰防衛であり、結局間違いだったといえるのではないか?と私は考えました。 そこで福澤諭吉の「日清戦争は文明と野蛮の戦い」という言い方に注目しました。 この当時の西洋も世界を、文明と野蛮とに分類していましたから、福澤はこの分類をそのまま使ったのだと思います。 さて私はこの当時の「文明と野蛮」という分類について説明したのですが、これに水原文人さんは強烈な違和感を持ったようです。 水原文人さんは勿論、福澤諭吉のこういう欧米一辺倒の考え方に反対だとは思うのですが、あの当時の文明と野蛮と言う言葉は、どういう意味を持っていたのか?ということには関心は有りませんか? 水原文人さんは福澤の「文明と野蛮」という言葉をどのように批判するのかをお聞きしたいのですが・・・・。 |
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