35085 返信 Re:【メタ議論】烏龍茶理論のメカニズム URL 烏龍茶 2005/05/14 23:45
tpknさん

>> 「印象操作」の必要もありませんよ。
> はいはい。必要のないことをするのがお好きな方でつね
印象操作の必要もない、という相手に根拠もなく絡むことで印象操作をなさろうと。まあ、以下のような中身のなさを粉飾しようとすれば当然なんでしょうが、必死ですね。

>以下、本題に関しては有効な反論が全くなかったので放置しますが
ははぁ。では次のことが結論として認定されることにつき、あなたは反論なさらず認めるということですね。

1 以後、tpknさんは本件国際法の議論についてはくちばしを挟まない
2 tpknさんの「反論」には、有効なものが何一つなかった。
  →「本題に関しては有効な反論がない」事の論証が一つもない以上、「有効な反論などな
    かった」と言えばよい、とあなたは考えているわけだから、これを認めざるを得なく
    なるわけですね。仮に、あなたが後に述べる「告天子さんのまとめ」に言及している
    ことを以て「烏龍茶の反論には有効なものが一つもないことの証明になる」と思って
    いるとしても、なぜあちらが正しくこちらが間違っているのか、の立証がない以上、
    この結論は動きません。

自分の無責任な発言が自分の首を絞めている事を体験する気分はいかがですか?

>冒頭部分のやりとりは内容はくだらないものの、あなたの非論理的思考法があまりにも分かりやすい類型として示されていますので、メタ議論ではありますが、ちょっと詳しく解説しておきますね。
本題の方には反論できないので、かみつけそうなところにだけは噛みついて勝利を演出する態度と解釈しておきますよ。なぜそう解釈できるかは、以下で述べます。それにしてもあなたの「本気の議論」がこれでは、情けなくて涙が出ます。

>>>>>> こういうのが【あなたの本気を出した議論】なら、こういう無駄口(あなたの「議論」とやらの事です)におつきあいするのはこれで最後といたします。
>>>>> そりゃ助かります。面倒なことにつきあうことなく、思う存分あなたを批判できる。
>>>> そうですか。ではあなた自身があなた自身の議論を【無駄口】と認めたことになるわけです。
>私の書いているのは、「そりゃ助かります」ということだけであって、それは自分の発言に対するあなたの評価「無駄口」の妥当性とは全く関係ないわけです。私が「助かる」のは、直接的には「レスしない」というあなたの行動に対してであり、あなたの判断の妥当性は二次的要素でしかありません。たとえば、あなたのおっしゃるように本当に「無駄口」と認めていた場合、もちろん助かります。しかし、無駄口と認めておらず、単なる言いがかりと判断している場合も同様に助かるわけです。つまり、ここで「無駄口」と認めたかどうかは、「助かる」という結果になんら影響を及ぼさないわけですね。したがって「そりゃ助かります」という言葉から「自分の発言を無駄口と認めた」という結論は論理的にはどうやっても導かれません。あなたは相手が書いてもいないことを勝手に書いたと言ってるわけです。
> 対して、私の言っている
>>>完全なる自己矛盾ですね。
> というのは、「無駄口であればレスしない」と言った、あなた自身のが行った「無駄口」の規定に従ったものであり、あなたがレスを返しているという事実をもってして、それが「無駄口ではなかった」ということが証明されるわけです。この矛盾は私の希望や都合とは無関係に成立する純粋に論理的な帰結であり、私の恣意的な解釈の入り込む余地はありません。したがってそれが「イイワケ」になどなろうはずもなく、そこに「矛盾でなければ困るのだろう」などと返すこと自体が、新たな希望的解釈でしかない。また逆に、「tpknは認めたことになる」とか「認めた」とか書かれていることがあなたの希望的な解釈でしかない以上、「認めたことにしなければ困るのだろう」というのは、十分合理的な推測として成り立ちます。
おっしゃるように、「そりゃ助かります」だけから「tpkn氏は自分の発言を無駄口と認めた」という結論が何の疑問もなく導かれるわけではありませんね。
で、同様に「無駄口にはレスしない」とした私があなたの発言に反論することもまた、私が「無駄口ではない【反論する価値がある】」と認めたことでしかなく、私がレスしたあなたの発言が、その前の私の投稿でいう「こういうの」に該当するという証明はなされていない以上、矛盾であるとは断言できないわけです。

あなたの言うメタ議論は、この程度のものでしかなく、国際法に無知不勉強であると自ら認めるあなたが、これまでの投稿に見られるように無知不勉強であるが故の勘違いやら誤解やらを繰り返してきたことと照らせば、【国際法の議論で反論できなくなったからかみつけそうな部分に噛みついて誤魔化そうとしている】事は、【充分合理的な推測として成り立つ】わけです。

>次に、あなたはその「希望的解釈」を、今度はまるで客観的事実であるかのようにして反論の中で用いるわけです。
>>> しかし「こういう無駄口におつきあいするのはこれで最後といたします」と書いたあなたがレスしているということは、あなたは私の議論を【無駄口】とは考えてない「ことになります」。
>> 苦しいイイワケですね。おっしゃるように私はあなたの発言をまだ国際法の無知に基づく謬論であると見ているだけで「無駄口」とは見ていな「かった」わけです。しかし、それは
>> 「こういう無駄口につきあうのは最後にする」に対して「そりゃあ助かる」と返したことで、「自分の発言を無駄口だとtpkn氏自身が認めた」事と無関係なのですね。
>これがいわゆるマッチポンプですね。
>あなたの議論は、基本的にはすべてこの方法で行われており、したがって詭弁なのです。そして、投稿が長いことは、その詭弁を書くためでしかないわけです。このような方法で議論を続ける限り、こちらが提示する客観的事実(上記でいえば「自己矛盾」のくだり)はあなたにとって事実ではなく、あなたの提示する「客観的事実」は実はあなたの希望的解釈でしかなく、議論はひたすら不毛なやりとりになります。なぜなら、どんな論理的反論もあなたの「希望」を反証することなどできないからです。つまり、すべての反論があらかじめ自動的に無効となるわけですね。
【烏龍茶の議論はすべてこの方法で行われている】という論証が全くないので、これは【一点突破・全面展開】または【早まった一般化】と呼ばれる詭弁でしかありません。より具体的には【烏龍茶の出す「客観的事実」は烏龍茶の希望的解釈でしかない」という論証はなされていません。例えば、「告天子さんがその場の都合によって自分の主張の根拠を変えている」は、これまでの投稿を見ればすべて客観的事実なわけです。
また、不戦条約が東京裁判の準拠法であったことも、私の解釈ではなく客観的事実なのですね。満州事変が国際連盟で不戦条約違反の侵略であると認定された事もまた客観的事実であります。国際法において方の不遡及原則が必ずしも妥当しない、というのも、多くの国際法学者が認めるところであり、烏龍茶の解釈でなどありません。これらはすべて、わたしがこれまでの立論や反論の根拠としてきたものばかりですが、このどこにも「烏龍茶の解釈にすぎないことを客観的事実とした」事などありません。
以上から、今回のtpknさんの「メタ議論」は、一点突破全面展開または早まった一般化という詭弁であって、しかもその根拠自体も誤りであることが論証されるわけです。

>天子さんがおっしゃるように「何が本当なのか」「何が正しいのか」ということを話し合う「議論」においては、これは致命的です。いくら「勉強」しても、無駄ですYO
で、最後は自分の不勉強のイイワケをなさるわけです。結局のところ「不勉強」を批判され、その恥辱に耐えられなかったtpkn氏は「烏龍茶の勉強など何の意味もない」事を立証しなければならない立場に自分を追い込み、それすら出来ずいいわけに終始した、という結論は動きようもないのですね。

>このことについて芥屋さんも以下のような指摘をされていますね。
>>「私が見たことを述べる」のは全てあなたの主観ですが?(#34968)
> 烏龍茶さんの場合、常に主観と客観が混同されており、自分の主張や解釈は客観的事実そのものであるか、あるいはそれと大差ないと無根拠に考えているからこそ、「理解していない」「勉強不足」などという言葉でもって自分の正当性を主張するのであり、相手が同じ事象について別の解釈をしていることが信じられず、また許せないわけです。これは、すべてを情念にしたがって考える典型的なBusayo Mentalityであります。上にリンクした石原慎太郎の件でも全く同様で、あなたはその議論での私の意見に「納得したわけでは」ないそうですが、今にいたっても同じ方法を繰り返しているのを見れば、いちいちそんな宣言などせずとも自明であります。「納得」どころか、まったく理解していなかった、ってことでしょう。
芥屋さんの指摘とやらは、「告天子さんが」「そのときの都合に合わせて」「自分の主張の根拠を」「何の断りもなく」「次々と変更した」という客観的事実には何の影響も与えず、単にそれを「ころころ逃げ回った」と表現した「烏龍茶の主観」への批判でしかありません。
そこからあなたがここで述べたような結論など得られませんし、であるから当然に「一点突破全面展開」あるいは「早まった一般化」という詭弁でしかないのですね。

因みに無知に基づくデタラメ(「烏龍茶は不戦条約と空襲軍律を同一視している」とか「ドゥリットルケースのことは全然知らないが東京裁判を正当化する根拠には使えないと思う」という結論を出してしまうこと、とか「日韓併合を反故にする条件」を全く知らないのに「それは東京裁判を反故にする条件と同じである」と断言できてしまう、とかですね)に対して「理解していないよ」「不勉強だよ」という批判をするのは全く正当なのであって、仮に批判されたのが悔しいのなら、勉強をすればいいというだけでしかありません。私は知らないことを批判しているのではなく、知らないことが明らかになったあとも知らないことの上にあぐらをかく、その傲岸さを批判しているのであります。

>で、本筋の議論については告天子さんが論点を簡潔にまとめてくださっているのでそちらにおまかせするとして、
簡潔にまとめている論点、とやらにつき、あなたはどう考えるのかの言明がありません。「お任せする」としている以上、告天子さんの立論を正しいとされるのでしょうが、別縞で指摘するとおり、あのまとめとそれに付随する反論とやらはループでしかない謬論ばかりであります。あちらを支持されるのなら、それはあなたの不勉強が故でしょう。結局最後まで「知らないことにあぐらをかく姿勢」は改まらなかったわけです。

>あなたの前回のレスに関しては、以下の部分であいかわらず具体的な返答を避けていることを指摘するにとどめておきます。
以下に指摘するごとく、何の意味もない発言です。勝利のポーズをなにがなんでもとらなければならないが故の虚勢であると解釈させていただきます。

>>> ドリトル隊に対する日本軍の裁きは、国際的に見て正当な法の執行でしたか?
>>> なんでこんなことに真っ正面から答えることができないんでしょう?
>> すでに答えていることを繰り返し尋ねるのは無意味だとしています。【本気を出して】【目を皿のようにして】も見えなかったような方に、教えて差し上げる義務も義理もございません。
1 国際法的に見て、事前の実体法と事後の手続き法という点で正当である、とすでに書いて
  います。
2 正しいかどうかを決めるのは自分でしかない、自分で決められないのは自分という芯がしっ
  かりしていないからである、などというあなたが「国際的に見て」などということの矛盾
  に気がついていないのでしょうね。「世界に胸を張れるか」といったあなたが「世界の目
  など関係ない」などという矛盾を平気で口に出来ることと共通であります。

>>>「法の運用でない判決」など、この世に存在するのでしょうか?
>> 論点と無関係ですし、何が正当であるのかもまるっきりわかっていない(のか、自分の失敗を必死に誤魔化そうとする苦しいイイワケなのか)事が、またも明らかになるわけです。

「ドゥリットルケースは事前の実体法(空戦放棄案)と事後の手続き法(空襲軍律)という構造をもつ当該ケースが、事後の手続き法という法運用で問題にならなかった事例として提示したものである。判決の妥当性は、この立論には無関係」と、すでに述べています。
この部分、明らかにあなたの失敗なのに、まだ理解できないのか苦しいイイワケを重ねてかえって傷を深くするtpkn氏であります。

>つーことで、ガムバってくださいね
逃亡宣言として受け取らせていただきますよ。ご苦労様でした。