| 35112 | 返信 | Re:他者の信仰の許容など | URL | あしな | 2005/05/15 23:18 | |
| 上海さんこんばんは。横レスの横レスになります。この機会に論点整理。 > あしなさんは無宗教ですから、このあたりはちょっと理解しにくい点でしょうね。現世に別れを告げた後まで「現世の辛さ・苦しみ」を引きずる宗教なんてまずありません。悪く言えば「来世」には楽しい天国があるという、現状の辛さからの逃避でもある部分が宗教の特色と言っても過言ではないですから。(ここは素直に宗教側は認めなくては・・・・) > もし話が全く信仰の領域に終始出来るのであれば、宗教的な「来世での安心立命」と言うことで何の問題もありません。 しかし、 靖国の祭祀の在り方(英霊の選択範囲と、天皇と祭祀との関係、戦前において非宗教法人ではなく非宗教とされていた事情)がそもそも政治的。 しかも、そのような政治性を戦後においても一貫して維持している という靖国側の事情を前提に その靖国に現職の首相が参拝するということのさらなる政治性 を指摘しております。 加えて、そのような靖国と靖国に首相が参拝することの政治性を隠蔽して恰も靖国問題が純粋無垢な宗教問題であるかの様に語ることの、いわば非政治的であることを偽装する政治的立場も議論の対象となることは言うまでもありません。 > 喜んで死ぬとか「国の為に死ぬ」などと考えている兵士がどれくらいいたのでしょうかね?靖国くらいで「よっしゃ俺は国の為に死ぬぞ。おめえらは一生恩給貰えるぞ」なんて脳天気な事を考える「ばか者」はほとんど居なかったと思います。 > 確かにそのような「ばか者」はおそらく殆どいなかったでしょう。にもかかわらず、高橋前掲書一章の例示されている様に、当時の遺族は「戦死者がそのようなばか者であった」という前提で語って(語らされて)いるわけでして。 |
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