| 35117 | 返信 | Re:他者の信仰の許容など | URL | 工藤猛 | 2005/05/16 10:06 | |
| > 上海さんこんばんは。横レスの横レスになります。この機会に論点整理。 > > あしなさんは無宗教ですから、このあたりはちょっと理解しにくい点でしょうね。現世に別れを告げた後まで「現世の辛さ・苦しみ」を引きずる宗教なんてまずありません。悪く言えば「来世」には楽しい天国があるという、現状の辛さからの逃避でもある部分が宗教の特色と言っても過言ではないですから。(ここは素直に宗教側は認めなくては・・・・) > もし話が全く信仰の領域に終始出来るのであれば、宗教的な「来世での安心立命」と言うことで何の問題もありません。 あのー。遠慮がちに。 儒教や神道はキリスト教やイスラム教のような宗教でしょうか。 【天国】を想定しない宗教なんてあるんでしょうか。 儒教や神道(現象的には神社)は現世での生身の人間の生きている間の 幸福を願う哲理であり習俗、風俗です。人間のありうべき行動を教え諭す 生活原理です。【矛盾】の解決を死後に求めません。現世での幸いが最高の 価値です。現代に置き換えれば精神的思想的にリベラルな高福祉社会を 現実世界で実現しなさいという政治思想にもなります。 つまり儒教や神道、神社、靖国は現世の問題なのです。 そもそもの成り立ちからしてきわめて政治的なのです。なまぐさいのです。 来世には興味がないのですから。徹底的に瞬間に囚われた現実肯定の 生き方なのです。現実にある生活が全てを律する根源なのです。 日々流転しつつ根源を維持している矛盾複合体なのです。原初から流転なのです。 【あるものはある】が原理原則です。簡単な理屈です。あくもあればぜんもあるのです。 時の流れ水の流れに身を任している神と人間と自然との同格の生活が 日本列島の姿なのです。靖国は理解されません。無神論者にも共産主義者にも 絶対神論者にも。いたしかたありません。ケルトのよみがえった末裔が 現代日本人かもしれません。大森林の巨木に【神】の降臨を畏怖を平安を慈しみを 感じ取れないものに、どのように言葉を尽くしても相互理解は生まれません。 残念ながら。この大地に海原に敬虔な気持ちを抱かないものに人間生活の 何が分かるのでしょうか。人間という種は地球上にあまたある種のたった一つで しかありません。人間は自然に対して傲慢すぎます。ユダヤ人の一部も傲慢です。 中国共産党の大幹部も傲慢すぎます。 誰にも、神にも、人間を断罪できる権限がないというのが儒教や神道の根本です。 無神論者や日本以外の国の人に理解してもらうことは不可能かもしれません。 それぞれの信念に従ってこの世で誠実に生きていればいいと思う。 悪や悪徳には抵抗しなさい。農民を虐げる体制には反対しようよ。 この世から日本人になんの役にも立たない核爆発兵器をなくそうよ。 核兵器を増産する国には反対しようよ。 |
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