35132 返信 Re:首相の靖国神社参拝に反対する URL 水原文人 2005/05/17 01:48
inti-solさん、

> もう寝ますので、脊髄反射的短レスでごめんなさい

だから「靖国」と言った時点でそうやって脊髄反射になるメンタリティ自体がいちばん問題だと僕は思うんですけどね。

> > そりゃ軍神(戦争の神様)である全国の八幡宮にしても同じでございます。ちなみに八幡様が戦争の神様であるのも、日本の朝鮮半島への進出/侵略と深〜い関係がありまして。
>
> 軍神といっても近代国家以前の話でしょう。

そうですけど、それがなにか? 当然ながら近代国家以前の歴史は、近代国家としての日本に継承され、政治的に利用されますよ。「国家神道」はべつになにもないところから作ったわけではないし、近代日本国家が天皇制を必要としたのも、天皇が日本の倫理的・道徳的・象徴的な権威としてそれ以前からずっと存在していたからです。

で、当然ながら八幡様(応神天皇)の由来は、戦前の歴史教科書ではかなり丁寧に論じられてます。

> > > 伊勢神宮は天皇制イデオロギーが日本の国教となる以前から存在し、もちろん戦死者を祀るという目的で建立されたわけでもない。
> >
> > 神道と結びついた天皇制それ自体は過去1000年以上、日本の「国教」ですが…
>
> いいえ。少なくとも江戸時代に「国教」的(そういう概念があったわけではありませんが)地位にあったのは仏教です。

あのぉ…。inti-solさん自身がお認めの様に、江戸時代までは神道と仏教は密接に結びついて存在していたんですけれど? 政治的な意味でなく精神的な意味で仏教と神道と天皇制は密接に結びついて日本の伝統的な宗教的価値観・倫理観を形成してたんですけど。江戸時代に庶民が天皇を知らなかったというのも、ほぼ確実に嘘なんですが。ただ政治的権力として服従の対象でなかっただけです。

> > > より正確な言い方をするならば、他の点−つまり侵略戦争への総括、個人補償、教科書問題、閣僚の舌禍・・・・・・・・・といった問題が積み重なったその上に象徴として靖国問題がある。本来的には靖国の問題が日中間の最大の対立点ではないと思います。ですから、土台の部分をきちんと清算できれば、靖国神社参拝など大した問題ではなくなるでしょう。しかし小泉にそれができるとは思えないのです。
> >
> > だから「靖国参拝」それ自体が首相としての資質を左右する、とは言えんでしょうが…。要するにそういう踏み絵的なレッテル貼りはやめましょう、と私は言ってるんですけどね。
>
> この期に及んでそれでも靖国参拝を強行するというのは、首相として何が大事かという価値判断が倒錯していると私は思います。つまり、資質を左右します。

だから「靖国参拝」それ自体が首相としての資質を左右する、とは言えんでしょうが…。要するにそういう踏み絵的なレッテル貼りはやめましょう、と私は言ってるんですけどね。(繰り返し)

なんだかヒステリックになっておいでですよ。

> > で、たとえばその尖閣諸島を巡る問題や、台湾問題で日本を牽制するために、中国が最も使い易い「靖国カード」を使ってる面は否定できませんよね。それに国連改革問題でも(そりゃ自分が拒否権を持っているのに、常任理事国が増えることは明らかに中国の国家エゴには反する)。
>
> そういうエゴをもっているのは中国だけじゃなくすべての常任理事国です。米国なども裏では常任理事国増に否定的なようです。

それがなにか? たまたま「靖国」について米国はなにも言っていないから、米国に言及しなかっただけですけど、なんだかウヨ・サヨ条件反射だけで反応してませんか?

> > あの…。問題がズレまくってます。そもそも靖国に参拝するかどうかは本来日本の国内問題であり、侵略戦争についてどう反省するかも日本人の問題なんですから、中国がそこに自国の国家主義的なエゴの都合を押し付けることはおかしいといえばおかしい。
>
> 侵略戦争を反省するかどうかは日本人の問題なんですか??

当たり前ですが?

> 相手国に迷惑をかけた、そのことを反省するしないという問題は相手国の問題でもあるはずですが。

そんな調子だから日本はいつまでたっても、過去の歴史上の重大な過ちについていつまで経っても「真摯な反省」ができないんですよ。「反省」って意味分かっていますか? 他人の顔色を伺ったり、他人様に気に入られたりするためにするものじゃないですよ。

確かに遠藤周作の言ってた「日本人は神なき民」だという指摘は、正しいのかもしれない…。

> > …ですよ。当たり前じゃないですか。だからパブリックな立場ではなるべく広い選択肢を残しておくのが、他人様の「人それぞれ」を尊重するのにふさわしい態度でしょ?
>
> 特定の宗派の形式に基づいて慰霊を行うことは、選択肢を狭めることだと思います。

だから誰が特定の宗派に基づいた国家事業として「慰霊」の場としての「靖国」を主張しているんですか? それに対してNOということは、すでにあなたが介入する前からこの掲示板上での「靖国」議論では共通了解事項なんですけど? 芥屋さんも告天子さんも僕もtpkn氏も、そういう次元はとっくに超えたところで「靖国」と「政教分離」と「信教の自由」のことを論じているんですが。

> > あのぉ…。無宗教でもオッケーであればわざわざ葬式は仏教、結婚式はキリスト教、お宮参りと初詣と合格祈願は神道、なんてことはないでしょうが…。無宗教の方が安い上がりなのに皆さんちゃんと宗教的儀礼を求めるのはなぜかって言えば(以下略)。
>
> 必ずしも宗教的儀礼を求めてはいないと思います。葬式を仏教形式でやるのは、ほとんどの場合単に前例と世間体の問題ですし(私の父は宗教嫌いで、祖母の葬式は完全無宗教でやりました)結婚式をキリスト教といっても教会でやるわけではありません。

教会でやる方も大勢いますし、日本のキリスト教会は経済的にはそれでもっている部分がとても大きいのですけど。で、教会ではなくても牧師さんや神父さんが「神に向かって誓いますか」という形式でやる結婚式は、宗教儀礼なんですけど?

> たとえば、8月15日とか広島原爆投下の日に「黙祷」ってやります。あれは、特定の宗教とは無関係な形式ですが、だから慰霊した気にならない、という人は、そう多くはないんじゃないでしょうか。

黙祷はほとんどあらゆる宗教(少なくとも日本で信仰されたり習俗の一部になっている宗教はほとんどぜんぶ)に共通するやり方ですけど。

> > > 説明不足でした。これは戦時中の日本のことを言っております。つまりね靖国神社が建立されて以来1945年8月15日までは、「生者の目先の政治的な都合を死者に優先させ」るための施設そのものだったんじゃないか、ということです。
> >
> > ほぼ明らかに違いますね。元々は戦争で戦死した人を祀る自然な感情から出て来たものでしょう。
>
> 自然な感情から出てきたものではありません。自然な感情から出てきたものなら、官軍の戦死者だけ祀る、なんて発想が出てきますか。幕軍の戦死者だって、同じ日本人じゃないですか。

だんだんメチャクチャな屁理屈になって来ましたね。「勝てば官軍」ですから勝った官軍の死者を祀るのはちっとも不自然じゃないですけど? 「幕軍の戦死者」は同じ日本人でかつ「逆賊」ですから、より罪は重いってことになりますよ。

> > > > 「本当は死にたくなかった」からこそ祀る必要性が出て来ると考えた方が、むしろ自然です。
> > >
> > > 本当は死にたくなかったものを「名誉の戦死」とか「英霊」とかと美化して祀ることは、当時の国家にとっては「必要なこと」だったでしょうね。しかし本人たちはどうだったでしょう。
> >
> > 本人は死んでますから関知のしようがありませんが、当時の遺族の多くにとっても明らかに「必要なこと」でしょう。
>
> この点については、(いつになるか分かりませんが)別途考察したいと思います。

だからさっきも言いましたけど、私は今回の議論でこのテーマしか主張してないんですけど? 芥屋さん、告天子さんも同様ですが。今までなにを議論して来たんでしょうか私たちは?

> > > > お寺さんで柏手を打つのは単に文化を知らない無知な輩だけでしょう(苦笑)。
> > >
> > > だとしたら、日本人は「文化を知らない無知な輩」だらけです。お寺で柏手を打つ人は、かなりよく見かけます。
> >
> > そりゃ現代の日本人が仏教と神道の形式上の違いすら知らないほど、自分たちの文化について無知だからでしょうに…
>
> どうでしょうか。江戸時代の神社仏閣が同じ境内にあった時代だって、民衆が両者の正式な儀礼の違いを厳密に区分していたかどうかは疑問です。

区別出来なきゃおかしいですよ。神社と仏閣では建築様式から祈り方から、形式的にはぜんぶ違いますがな(汗)。まともに日本人やってたら、一般教養で見分けはつきます。つまり戦後教育のなかで宗教についての基礎教養をぜんぜん教えていないから現代人は混同する、ってだけ。

> 区別していたら、「神仏に祈る」なんて言葉があり得たかどうか。

あり得ますけど…。ぜんぜん次元が違うんですが…。戦後教育でもさすがに歴史の時間にホンチスイジャク説ぐらいは習いませんか?(って、そう言いながら私も漢字を忘れた…)。

> > あのぉ…。私は今回の議論でこのテーマしか主張してないんですけど? 芥屋さん、告天子さんも同様ですが。今までなにを議論して来たんでしょうか私たちは。
>
> 小泉首相の靖国参拝に反対する、というタイトルどおりのことです。少なくとも私が議論してきたのは。

そうですか。ではなぜ私と議論になるんでしょうか? 小泉の靖国参拝でしたら僕は反対してますけど?

> > 首相の職にある人間の個人的な能力の問題ですよ。その能力がないとみなすなら、落選させりゃいいのが間接民主主義です。
>
> 選挙区が違う私には、物理的に小泉を落選させることはできません。(引っ越しするのでなければ)
> しかし、そういう問題ではないでしょう。選挙で勝てば何をやっても良い、という訳じゃないので。

選挙の公約に含まれることだったら、それこそやってくれないと困りますけど?

> > だから首相を批判して落選させればいいことでしょう。
>
> もちろん、そういう努力は惜しみなく払うつもりですが

だからって小泉憎しのあまり、信教の自由とか政教分離とかをねじ曲げることには僕は反対ですし、他人様の内面の問題(信仰とか、戦死した親族への思いをどう表現するかとか)にはみだりに立ち入る気にはなりませんね。

> それとは別に、靖国参拝など行う小泉は(別に靖国だけが理由ではないですが。郵政民営化とかイラク派兵とか、他にもいろいろある)首相としての資質にかけるので辞任を求めたいところですね。

要するに個人の信仰や宗教行為が「首相としての資質」を左右するってことですか? そりゃ特定の宗教に対する弾圧の思想であり、ファナティズムであり全体主義そのものじゃないですか。なんでそんなにものごとを白黒単純化して踏み絵/レッテル貼りに終始できるんですかね。こうなると戦前の「非国民」呼ばわりとメンタリティとしてはほとんど変わりませんな。