35137 返信 Re:首相の靖国神社参拝に反対する URL クマ 2005/05/17 13:33

 クマです。

> > > > より正確な言い方をするならば、他の点−つまり侵略戦争への総括、個人補償、教科書問題、閣僚の舌禍・・・・・・・・・といった問題が積み重なったその上に象徴として靖国問題がある。本来的には靖国の問題が日中間の最大の対立点ではないと思います。ですから、土台の部分をきちんと清算できれば、靖国神社参拝など大した問題ではなくなるでしょう。しかし小泉にそれができるとは思えないのです。

> > > だから「靖国参拝」それ自体が首相としての資質を左右する、とは言えんでしょうが…。要するにそういう踏み絵的なレッテル貼りはやめましょう、と私は言ってるんですけどね。

 議論を読んでいて思うのですが、(「靖国参拝は首相としての資質を左右する」というのは日本語として正確な表現でないように思いますが)これはつまり過去の我が国が犯した過ちに対して政治指導者がいかなる態度をとるかというまさに「踏み絵的」な問題なのであって、なぜそのような判断を水原さんが「やめましょう」と呼びかけているのか、その根拠がいまいちわかりません。

> > この期に及んでそれでも靖国参拝を強行するというのは、首相として何が大事かという価値判断が倒錯していると私は思います。つまり、資質を左右します。

> だから「靖国参拝」それ自体が首相としての資質を左右する、とは言えんでしょうが…。要するにそういう踏み絵的なレッテル貼りはやめましょう、と私は言ってるんですけどね。(繰り返し)

 政治指導者による靖国参拝という行為は、過去の侵略に対する無反省という態度とセットであり、またそのように見なされることは当然であり、実際にそのように見なされ、国際的に重大な結果を招いております。こうした一連の事実は、彼の首相としての資質を我々が判断するにあたって重要な要素であると思うのですが。

> > > あの…。問題がズレまくってます。そもそも靖国に参拝するかどうかは本来日本の国内問題であり、侵略戦争についてどう反省するかも日本人の問題なんですから、中国がそこに自国の国家主義的なエゴの都合を押し付けることはおかしいといえばおかしい。

 国内問題とか国際問題という言葉をどう考えるかという定義の問題なのかもしれませんが、靖国参拝は中国や韓国の国内世論が沸騰するという意味で、それらの国の国内問題にもなります。仮に敗戦記念日に小泉が参拝し、それに対して中国政府が何の抗議も行なわなかったら、中国政府は中国民衆の支持を完全に失って傾くでしょう。

 そもそも靖国問題とは、最高レベルの国際問題――つまり侵略と植民地支配――にかかわる問題であります。一国の問題だけで終わらない問題を国際問題と我々は通常呼んでいるのであって、靖国問題は「本来日本の国内問題」などとは言えないことは明白です。小泉首相は昨日の国会でもそのように主張していましたが、そのようにいくら「これは日本の国内問題だ」と叫んでみたところで、それはやはり粛々と国際的に問題とされるでしょう。

 侵略戦争についてどう反省するかは、道徳的な見地からいえば確かに日本人自身の問題であります。しかし、それは常に被害者の存在とあわせて考えられるべき問題であります。被害者の感情を「それは国内問題だ」といって無視しようとする小泉首相などの立場が、まさに過去を反省しない日本人自身の問題として国際的に問題にされているのです。

> > > > 説明不足でした。これは戦時中の日本のことを言っております。つまりね靖国神社が建立されて以来1945年8月15日までは、「生者の目先の政治的な都合を死者に優先させ」るための施設そのものだったんじゃないか、ということです。

> > > ほぼ明らかに違いますね。元々は戦争で戦死した人を祀る自然な感情から出て来たものでしょう。

 この水原さんの解釈はほぼ明らかに違いますね。靖国神社を建設した明治政府なり、戦死者を祀る国家施設を提唱した福沢諭吉などにしても、そんな感傷的な気持ちで靖国神社を建設したのではありません。

 「戦死した人を祀」ろうとするのを「自然な感情」だと一般化するのにも疑問符がつきますが、それはともかく、死者(戦死者という特殊ではなく死者という一般)を祀ろうとする民衆の「自然な感情」を、むしろ靖国神社は圧殺した施設であったことも忘れてはいけません。靖国神社が政教分離の観点からも特に問題視される背景には、靖国および靖国の論理(「靖国神社は宗教施設ではない」などといった論理)が他宗教を抑圧し、脈々とあった民衆の祭祀を圧殺してきた歴史的経緯があります。

 いずれにしても、靖国神社は国家による戦死者の管理と利用の発想から出発し、実際にそのように運用された、極めて政治的で人為的な施設だと考えるべきであろうと思います。

> だんだんメチャクチャな屁理屈になって来ましたね。「勝てば官軍」ですから勝った官軍の死者を祀るのはちっとも不自然じゃないですけど? 「幕軍の戦死者」は同じ日本人でかつ「逆賊」ですから、より罪は重いってことになりますよ。

 余談ですが、小泉は参拝に当たってのメチャクチャな屁理屈のなかで、「日本では死ねばみんな神様になる」という新しい教説を開陳していましたね。それはまさに、

> > > そりゃ現代の日本人が仏教と神道の形式上の違いすら知らないほど、自分たちの文化について無知だからでしょうに…

 ということの象徴のようであります。

> 要するに個人の信仰や宗教行為が「首相としての資質」を左右するってことですか? そりゃ特定の宗教に対する弾圧の思想であり、ファナティズムであり全体主義そのものじゃないですか。

 というか、過去の侵略に対してどのような態度を取るのか、という問題でしょう。
 世のなかには「日本は常に正しく、過ちを犯したことはない」と信じる「個人の信仰」を持つ人もいるでしょうが、そういう人には首相となる資質はないと判断するべきでしょう。