| 35139 | 返信 | Re:首相の靖国神社参拝に反対する | URL | クマ | 2005/05/17 16:31 | |
水原さん、 > まさにその問題なのですが(だから「政教分離」を持ち出すべきではない)、 問題としては同根だと思いますね。日本における政教分離の歴史的根拠は、戦前・戦時中の国家神道のありかたと不可分だからです。 > > 政治指導者による靖国参拝という行為は、過去の侵略に対する無反省という態度とセットであり、 > それは「靖国」を個々人がどう位置づけしているかによるでしょう。ただし小泉純一郎はパブリック・パーソンですから、自らがどう位置づけをして参拝をしているのかを説明する責任があります。そして彼はまったくそれをやっていません。 本質的にはその通りだと思います。しかし、表面的には、彼は靖国神社を参拝する理由を「国家のためのために戦没した者への感謝の念を表明するため」であり、「不戦の誓いを新たにするため」だと説明しております。もちろんそれは欺瞞であると私は判断しますが。 > 外交的な現実主義の問題としてはそれを考慮する必要も出て来ますが、そうやって「対外配慮」だけで表面上取り繕っておこうとし続けたことこそ、「靖国」も含めて「歴史問題」で日本が不信感を招き続けている大きな原因だと思います。 とはいえ、被害者への配慮もできなくなって開き直るのもどうかと思いますね。というより、先にも書きましたが、加害の問題は被害とあわせて考えなければいけないのであって、言うなれば「対外配慮」ができるか否かは問題の本質にかかわることだといえます。 > 日本のやっていることは、「謝ったんだからもういいでしょ」的な、表層の取り繕いでしかありません。 以上を結論とするパラグラフに全面的に賛成です。 > > 侵略戦争についてどう反省するかは、道徳的な見地からいえば確かに日本人自身の問題であります。しかし、それは常に被害者の存在とあわせて考えられるべき問題であります。 > 道徳的見地で「真摯な反省」をするのでなければ、他人に配慮して「とりあえず謝っておきましょう」で終わりでしょう? つまり口先だけの謝罪に終わってしまう。最近はさらに悪化して、口先の謝罪すらしなくなり、「国内問題だ」といって他人への配慮すらしなくなりましたけれども。 > > 被害者の感情を「それは国内問題だ」といって無視しようとする小泉首相などの立場が、まさに過去を反省しない日本人自身の問題として国際的に問題にされているのです。 > 違いますね。本来なら自分自身の問題として問いつめるべきことを、表層的な取り繕いだけで「謝りましたよ、もういいでしょ」とやってるから、いつまで経ってもそこを突っ込まれるんですよ。 無反省という点で、「謝りました、もういいでしょ」も「これは国内問題なので口を出すな」も同じことです。しかし、水原さんがそういう意味で言っているのでないことはよくわかりました。 > > > > > ほぼ明らかに違いますね。元々は戦争で戦死した人を祀る自然な感情から出て来たものでしょう。 > > この水原さんの解釈はほぼ明らかに違いますね。靖国神社を建設した明治政府なり、戦死者を祀る国家施設を提唱した福沢諭吉などにしても、そんな感傷的な気持ちで靖国神社を建設したのではありません。 > なぜそう断言できるのでしょうか? 彼らがそのように言っているからです。 > 少なくとも「そんな感傷的な気持ち」を政治利用する意図は確実にありますけど? そのことを指摘しているんです。 > > それはともかく、死者(戦死者という特殊ではなく死者という一般)を祀ろうとする民衆の「自然な感情」を、むしろ靖国神社は圧殺した施設であったことも忘れてはいけません。 > ではなぜ今もなお、靖国に遺族の方々が参拝をし、その遺族の票を利用しようとして小泉がわざわざ公約にしたりするんでしょうか? こちらが聞きたいぐらいです(笑 多くの宗教団体、というより、よほど右翼的な宗教団体をのぞいたほぼすべての宗教団体が、普段は自民党を支援している団体も含めて、どうして靖国参拝や靖国の国家護持に反対しているのか考えれば、その質問はかなりナンセンスだと思いますね。 > それは戦前の問題です。今では一宗教法人です。 どうして「一宗教法人」であるのかといえば、それは戦時中の弾圧の記憶を持つ宗教団体や私たち左翼などなどの強い反対があって、何度も自民党によって提出された靖国神社の国家護持法案がそのたびに葬られてきたからです。決して単なる「一宗教法人」ではありません。 それはともかく、為政者が靖国神社を利用して戦前にやったことに対して無反省である限り、それは決して「戦前の問題」だといって片付けることはできません。 > > いずれにしても、靖国神社は国家による戦死者の管理と利用の発想から出発し、実際にそのように運用された、極めて政治的で人為的な施設だと考えるべきであろうと思います。 > そうであったのなら戦争直後に潰しておくべきでしたし、また潰すまでもなく自然消滅していたでしょう。現にそうはなっていませんね。 「戦争直後につぶしておくべきだった」というのは賛成ですが、「潰すまでもなく自然消滅していたでしょう」は論理に飛躍があるので不同意。 > > というか、過去の侵略に対してどのような態度を取るのか、という問題でしょう。 > ですから、その問題でのみきっちり論じるべきです。 それに限定することはないと思いますけども、とにかく歴史認識の問題が最大の論点であることは間違いありません。 > > 世のなかには「日本は常に正しく、過ちを犯したことはない」と信じる「個人の信仰」を持つ人もいるでしょうが、そういう人には首相となる資質はないと判断するべきでしょう。 > その通りですよ。そしてそのためには、靖国それ自体をわざわざスケープゴートにする必要はありません。 我々にとって有害な政治的ツールに対する批判は、我々にとって有害な政治的意図への批判と同等に重要です。靖国神社がどういう神社であったか、歴史的にどのような役割を果たしてきたかという点を認識し、そのような施設への首相の参拝を批判することは、「特定の宗教に対する弾圧の思想であり、ファナティズムであり全体主義そのもの」とは全然関係ありません。 |
||||||
![]() | ||||||