| 35142 | 返信 | Re:首相の靖国神社参拝に反対する | URL | 水原文人 | 2005/05/18 00:20 | |
| クマさん、 > > まさにその問題なのですが(だから「政教分離」を持ち出すべきではない)、 > > 問題としては同根だと思いますね。日本における政教分離の歴史的根拠は、戦前・戦時中の国家神道のありかたと不可分だからです。 いや、だからこそ法的には徹底して「一宗教法人」として扱うべきなのです。それが法的な平等というものであり、また政治的にも賢明です。戦前に「国家神道」の名の下に弾圧があったからこそ、「弾圧された側」の復讐をしてはならない…って、もう遅すぎますけどね。「靖国」を「戦後民主主義」が悪魔視したからこそ、「靖国に参拝する首相」が選挙(とくに自民党にとって)に大きな意味を持ってしまったんじゃないですか。 > > それは「靖国」を個々人がどう位置づけしているかによるでしょう。ただし小泉純一郎はパブリック・パーソンですから、自らがどう位置づけをして参拝をしているのかを説明する責任があります。そして彼はまったくそれをやっていません。 > > 本質的にはその通りだと思います。しかし、表面的には、彼は靖国神社を参拝する理由を「国家のためのために戦没した者への感謝の念を表明するため」であり、「不戦の誓いを新たにするため」だと説明しております。もちろんそれは欺瞞であると私は判断しますが。 「欺瞞」である以前に、説明になってませんから、実質上ほとんど欺瞞にもならない。あんなものを「説明」として認めちゃいけないでしょう。クマさんともあろう人が、どうしたんですか。 > > 外交的な現実主義の問題としてはそれを考慮する必要も出て来ますが、そうやって「対外配慮」だけで表面上取り繕っておこうとし続けたことこそ、「靖国」も含めて「歴史問題」で日本が不信感を招き続けている大きな原因だと思います。 > > とはいえ、被害者への配慮もできなくなって開き直るのもどうかと思いますね。 だから僕はそんな話してませんけど? 「靖国」という二文字を見ただけの脊髄反射はやめて下さいな。inti-solさんみたいになられちゃ、困ります。 > というより、先にも書きましたが、加害の問題は被害とあわせて考えなければいけないのであって、言うなれば「対外配慮」ができるか否かは問題の本質にかかわることだといえます。 あのですねぇ、昼間に書いたことをもう一度読み直して頂けませんか? 「対外配慮」は本当に真摯に「反省」すればそこから自然に出て来るべきものですけど? 過去の侵略や虐殺や抑圧の歴史を「反省」するということは、まずなによりも倫理的な問題のはずですよ。で、倫理とはそれぞれの人間に内在するものでなければ、近代民主主義は成立し得ません。 > > 日本のやっていることは、「謝ったんだからもういいでしょ」的な、表層の取り繕いでしかありません。 > > 以上を結論とするパラグラフに全面的に賛成です。 賛成って、ぜんぜんちゃんと読んでいないで、どうやって賛成するんですか? だからファナティックに言葉尻を捕まえて踏み絵ごっこをしてるだけでしょう、それじゃ。 > > > 侵略戦争についてどう反省するかは、道徳的な見地からいえば確かに日本人自身の問題であります。しかし、それは常に被害者の存在とあわせて考えられるべき問題であります。 > > > 道徳的見地で「真摯な反省」をするのでなければ、他人に配慮して「とりあえず謝っておきましょう」で終わりでしょう? > > つまり口先だけの謝罪に終わってしまう。最近はさらに悪化して、口先の謝罪すらしなくなり、「国内問題だ」といって他人への配慮すらしなくなりましたけれども。 だからなんなのよ? なんで僕相手の議論にそんな小泉に言うべきことが入ってくるわけ? というか、そんなの共通了解事項に決まってるでしょうが。わたしゃ「小泉純一郎はパブリック・パーソンですから、自らがどう位置づけをして参拝をしているのかを説明する責任があります。そして彼はまったくそれをやっていません。って書いたばっかなんですが。 > > 違いますね。本来なら自分自身の問題として問いつめるべきことを、表層的な取り繕いだけで「謝りましたよ、もういいでしょ」とやってるから、いつまで経ってもそこを突っ込まれるんですよ。 > > 無反省という点で、「謝りました、もういいでしょ」も「これは国内問題なので口を出すな」も同じことです。しかし、水原さんがそういう意味で言っているのでないことはよくわかりました。 分かってないじゃん(苦笑)。 > > > > > > ほぼ明らかに違いますね。元々は戦争で戦死した人を祀る自然な感情から出て来たものでしょう。 > > > > この水原さんの解釈はほぼ明らかに違いますね。靖国神社を建設した明治政府なり、戦死者を祀る国家施設を提唱した福沢諭吉などにしても、そんな感傷的な気持ちで靖国神社を建設したのではありません。 > > > なぜそう断言できるのでしょうか? > > 彼らがそのように言っているからです。 どこで、どのように? …あのぉ、「感傷的な気持ち」をパブリックないしオフィシャルな発言では行間に潜ませるのは、日本の伝統文化ですけど。ま、「靖国」はその日本語の用いられ方の二面性のせいでずいぶんと損してますが。 > > 少なくとも「そんな感傷的な気持ち」を政治利用する意図は確実にありますけど? > > そのことを指摘しているんです。 はあ…。 > > > それはともかく、死者(戦死者という特殊ではなく死者という一般)を祀ろうとする民衆の「自然な感情」を、むしろ靖国神社は圧殺した施設であったことも忘れてはいけません。 > > > ではなぜ今もなお、靖国に遺族の方々が参拝をし、その遺族の票を利用しようとして小泉がわざわざ公約にしたりするんでしょうか? > > こちらが聞きたいぐらいです(笑 ちょっと考えれば分かることなんですが、その点についてはクマさんもinti-solさんも必死で逃げますね・・・。 > > それは戦前の問題です。今では一宗教法人です。 > > どうして「一宗教法人」であるのかといえば、それは戦時中の弾圧の記憶を持つ宗教団体や私たち左翼などなどの強い反対があって、何度も自民党によって提出された靖国神社の国家護持法案がそのたびに葬られてきたからです。決して単なる「一宗教法人」ではありません。 だからこそ、徹底して「一宗教法人」として扱うべきなのですよ。単なる「一宗教法人」でないと認識してしまった瞬間、靖国に特別の政治的位置づけをしたい連中と同じ「神話的」レベルで抗争しているだけになります。(それは天皇制と神道も同じなんですけどね)。 > > > いずれにしても、靖国神社は国家による戦死者の管理と利用の発想から出発し、実際にそのように運用された、極めて政治的で人為的な施設だと考えるべきであろうと思います。 > > > そうであったのなら戦争直後に潰しておくべきでしたし、また潰すまでもなく自然消滅していたでしょう。現にそうはなっていませんね。 > > 「戦争直後につぶしておくべきだった」というのは賛成ですが、「潰すまでもなく自然消滅していたでしょう」は論理に飛躍があるので不同意。 はあ。「飛躍」というほどのものじゃないでしょう。さっきも書きましたけど一瞬でも考えれば誰でも気がつくはずのことを、なんで必死で無視するんでしょうね? 靖国に参拝する人がいなければ、そこに精神的な思い入れを抱く人がいなければ、自然消滅しますよ。 > > > というか、過去の侵略に対してどのような態度を取るのか、という問題でしょう。 > > > ですから、その問題でのみきっちり論じるべきです。 > > それに限定することはないと思いますけども、とにかく歴史認識の問題が最大の論点であることは間違いありません。 で、歴史認識の問題とは政治的な問題です。カトリックが中南米の侵略の「大義名分」になったからといって、カトリックの信仰そのものが否定されるわけではありません。その信仰を現実に当てはめる立場にある教会のあり方は責められるべきですが、それを理由にイエスとか神への信仰そのものを否定していいのかどうかは、また別次元の問題です。靖国、というか戦死者への思いだって同じことです。 > 我々にとって有害な政治的ツールに対する批判は、我々にとって有害な政治的意図への批判と同等に重要です。靖国神社がどういう神社であったか、歴史的にどのような役割を果たしてきたかという点を認識し、そのような施設への首相の参拝を批判することは、「特定の宗教に対する弾圧の思想であり、ファナティズムであり全体主義そのもの」とは全然関係ありません。 大いに関係あります。「靖国がどのように用いられたのか」をこそ徹底的に議論するべきであって、そうしなければ本当の「反省」も「歴史認識」もあったもんじゃありません。ただの踏み絵・レッテル貼りで「臭いモノにフタ」をしてるだけです。そして全体主義もファナティシズムも、現実から目を背けさせることを最大の政治手段としております。 |
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