| 35163 | 返信 | 扶桑社教科書の検定前の内容 | URL | ノンポリ | 2005/05/19 01:10 | |
| 皆さん既にご存知かと思われますが・・・扶桑社の中学校歴史・公民 教科書の検定前の内容と修正意見・検定後の内容が百万人署名運動で紹介されています。(これは教科書研究センターというところで閲覧できるそうです。「百万人署名運動」の紹介には誤字が多数見受けられるので現物を確認するのがベストでしょう。来月上旬から文部科学省のサイトでも公開されるそうです) しかし、検定前の扶桑社歴史教科書の内容は全くギャクそのものです。 「清朝の支配から朝鮮を切りはなすねらいがあった。」(中国と朝鮮その他の国々の册封関係について理解していないのか?) 「明治の日本にも、武士道は生きていたのである。」(へえ、そうでっかw) 「欧米列強は、(中略)日本の韓国併合を認めた。」(認めたっつーか文句をつけなかっただけなのだが?) 「韓国の国内には、一部に併合を受け入れる声もあったが、」(一進会のことが言いたいのだろうが、「併合」ではなく「合邦」を唱えていたことを知らないの?) 「この動きはたちまち朝鮮全土に広まった(三・一独立運動)。朝鮮総督府は、その参加者多数を検束したが、」(逮捕しただけではなく、激しい弾圧の中で虐殺事件も起こったことも記すべきです!) 「1932(昭和7)年3月、関東軍と現地人政治家によって満州国が建国され、のちに清朝最後の王であった溥儀が満州国皇帝の地位につけられた。」(現地人政治家って・・・偽満州国は日本が勝手に作って現地人も用いただけですが?) 「リットン調査団の報告書は、日本の安全と権益がおぴやかされていた事実は認めつつも、」(中国東北部を侵略しなきゃ日本本土が危険だったんですか?) 「満州国は、五族協和、王道楽土建設のスローガンのもと、日本の重工業の進出などにより急激な経済成長をとげた。中国人などの著しい人口の流入もあって、満州国建国はしだいに既成事実となっていった。」(抗日運動について書かなきゃペケ!) 「共産党は息を吹き返し、共産党員が国民党の内部に入りこみ、日本を戦争に引きこむための破壊・挑発活動を活発に進めるようになった。」(ソースきぼんぬ) 「1937(昭和12)年7月7日夜、北京郊外の廬溝橋で、演習していた日本軍に向けて何者かが発砲する事件がおこった。翌朝こも、中国側からの発砲が続き、戦闘状態になった(廬溝橋事件)。事件そのものは、ささいな摩擦にすぎず、現地解決がはかられたが、日本側との衝突事件が続発し、解決を困難にした。」(これを日中全面戦争に拡大させたのは日本であることを書かなきゃペケ!) 「のちの東京裁判(→p.215)では、このとき日本軍が多数の中国人民衆を殺害したと認定された(南京事件)。なお、この事件の実態については資料の上で疑問点も出され、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている。」(認定されただけじゃなく、南京大虐殺は実際に起こったことなの。「論争が続いている」っつーか歴史歪曲主義者がデマを流布してるだけですが?) 「しかし、蒋介石は奥地の重慶に首都を移し、抗戦を続けた。こうして、以後8年間にわたる日中戦争へ発展した。」(日本が侵略戦争を止めようとしなかったことを何故ハッキリ書かんのか?) 「しかし、日本の占領地域は、日本に対する反発もあった。連合軍と結んだ抗日ゲリラ活動もおこり、日本軍はこれにきびしく対処した。また、現地の人々に対して行った徹底した軍事訓練が不評をかうこともあった。」(日本が占領地で食糧を奪ったり奴隷労働をさせたり住民を虐殺したことも書いてちょ!) 「朝鮮半島では、日中戦争開始後、日本式の姓名を名乗ることを認ぬる創氏改名が行われ、」(認めたんじゃなくて強制したっつーの。バカ!) ・・・とまあ、酷すぎる内容です。言うまでもなく以上の内容は全て修正させられています。まるで「どうせ検定意見をつけられたら直せばいいんだから」と高を括っているかのようです。検定前の表現が「新しい教科書をつくる会」の基本思想であることを念頭に置くべきでしょう。 |
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