| 35193 | 返信 | 植民地主義賛美論に抗して | URL | うちはだいこ | 2005/05/20 05:27 | |
| インド植民地主義賛美論という展開をしているかたがいますが、 インド植民地は、イギリスが自由主義を謳歌していくさいに、 下支えになったといえます。 自由貿易帝国主義とか、一時流行しましたが、徹頭徹尾、 イギリス資本主義の世界支配の軸として、インド植民地はあてられたといえます。 イギリス羊毛産業⇒イギリス綿工業を支える段階の移行に伴って、インドでは 綿花栽培が、支配的に強制されたといえます。 こうしたながれを、マルクスは「資本論」や「宣言」で 資本主義の本源的蓄積とからめて、批判的に扱っています。 「資本の文明化」をもたらしただの、「資本の文明化作用」があったという 指摘をマルクスはしているのではありません。 金子勝慶応大学教授は、東大院時代、インド植民地財政を批判的にとらえ イギリス自由主義財政が、インド植民地によって潤ったということを、植民地 の立場から批判的に考察しています。 つまり、インドはイギリスによって文明化 したというよりも、イギリスの自由主義謳歌を支えたもりであったということと、 インド自身の経済が、綿花産業の特化による、いわゆるモノカルチャー化した 経済になり、発達は阻害されてしまったことが、実際のようです。 事実、インドではイギリスへの抵抗運動はあったことからも、インド民衆が これを受け入れていた、イギリスをあこがれていたと必ずしもいえない。 自由主義の植民地に比べ、帝国主義段階の植民地は、より暴力的になり、 帝国主義国どうしが、植民地の縄張り争いをおこし世界大戦を、結果 ずけたということは、世界史のいったんでもあります。 しかし、それを、イギリスの「資本の文明化」と賛美しながら、 日本や、ドイツの、持たざる国による、植民地政策は植民地主義 を誤解して、支配のみ強化したようにいいなすのは、デマ・ペテンだろうと私は思います。 どちらの植民地政策も、植民地を強制された民族からしたら、強奪・収奪にほかならなかったといえるのです。 |
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