| 35207 | 返信 | Re:植民地主義、英国と日本の違い(3) | URL | うちはだいこ | 2005/05/21 04:40 | |
| > うちはだいこさん はじめまして > > うちはだいこさんは、私が植民地主義賛美論者だと書いていますが、それは水原文人さんと同じく誤解です。 あなたは、それいがい主張してません。 > 水原文人さんのような人が誤解するのはおかしいと思って、詳しく弁解しなかったのですが、誤解する人がこれほど多いのでは弁解しておいた方が良さそうです。 それはあなたたけの、作り話だからです。 > 植民地主義は異民族支配と言うことで、この点で決定的に否定されるべき思想です。 異民族支配ということが、否定?それは、多数民族国家や連邦制度の否定でもあるし、 マルクスの万国革命論とも、異なりますが? > 必ず人種差別、民族差別が起こりますから、現地の反乱を招き、結局は放棄せざるを得ないシステムです。 現地の反乱があるから、いけないのですか? そもそも、差別、人種差別をする側がいけないのではありませんか? あなたの立場は、侵略するほうの植民地側の立場なのですよ。 意味わかりますか? つまり、あなたのいっていることは、抵抗されないように、うまくやれということでしかない。 > このことを私は決して否定しているのではありません。 否定とか肯定とかではなく、あなたは、植民地支配するには抵抗があるから、 放棄せざるをえないんだとしかいっていない。つまり、植民地は、差別や抑圧が悪いと いう立場から放棄せよといっているのではなく、抵抗されるから放棄せよといっているだけでしかない。とすれば、うまくやれれば、やっておしまいということに直結する。 > 私が言っているのは、うちはだいこさんのように、植民地と言う言葉を聞くだけで「100%悪」と反射的に考えることに対する疑問です。 それは、あなたが、歴史修正主義者だからでしょう。 > 歴史をそのように単純に理解しては、真実が見えなくなる、ということです。 真実??水原さん、工藤さん、この小林氏の主張ってどうおもいます? 扶桑社の教科書は、昔の人が考えた歴史をそのまま肯定的にみる立場、つまり、 昔の人にたって歴史をみよなどと、おそろしく、社会科学とはずれた感覚で歴史教育をしていこうとしているものと、小林氏の主張は、同等だといえませんか? 小林さん、あなたは扶桑社の歴史教科書採択運動にかかわっておられるのではないでしょうか? > 植民地主義の功罪を冷静に計量して、歴史の教訓とすべきだ、ということです。 植民地主義の「功罪」を「冷静」に「計量」して、・・・ また非常に、言葉だけが、羅列されていますが、ようは、今までの世界史教科書の 主張してきた、植民地主義抑圧支配を、「功罪」の両面からという建前で、小林氏の いうような、賛美に転換してしまえ、こういうことでしょう? 「冷静」に?私らの世界史の常識が、冷静ではなく、常軌を逸しているかのようにいいなて、小林氏のいうような、植民地支配は遅れた地域を文明化させたのだというような、デマゴーグが「冷静」なのだとしたいのでしょうか? 「計量」して?なんだか意味不明の言葉ですが、だれが、計量するのでしょうか? 実際、収奪された、原料・労働力を計量するのでしょうか? 歴史の「教訓」とすべきだ。これであなたのお立場が、伺いしれますね。 つまり、植民地支配は、抵抗を生むから、放棄しなくてはならない。 だが、インドではうまくいった。 これを歴史の教訓としろ。日本は暴力的だったからうまくいかなかった。 だから、これからの、資本投資は。イン植民地のように、うまくやれ、 ということが、あなたの歴史の教訓ということのようですね。 歴史の教訓ということは、過去から未来への過程が、現実運動としてつながっているから、教訓にすべきだとあなたはいいたいのでしょう。 つまり、日本資本に、もっとうまく侵略しろといっているのだとしか思えません。 > 功罪の「罪」の方は既に充分強調されていますから、私は「功」の方を強調しているだけです。 ほらね。罪が強調されすぎて、功が軽視されているから、自分は功を主張しているという。つまり、自虐史観だから、自由主義史観だと大法螺を吹きまくる、転向スターリ二スト藤岡信勝とあなたの主張は非常に接近しているわけです。 > 「イギリスはインドを文明化しようとした」という私の文章をイギリス賛美のように理解するのは、全くの誤解です。 文明化「しようとした」。あれれ、あなたは、「資本の文明化・作用」だと断定していたではありませんか? では、あなたはいったい何をいいたいのですか? ころころと意見をかえていくあなたの虚妄がみえてこっちが、恥ずかしくなるばかりですよ。 > まずイギリス人が当時そう考えた、ということを言っているだけで、私が言っているのではないことは当然のことです。 イギリス「人」がそう「考えた」? 違います。ブルジョアジーとそのイデオローグの支配的思想にほかならないだけです。 そもそもブルジョアジーが建前として、内心は侵略ですよ、植民地支配にのりだすのは、それが設けがあるからのりだすわけです。 当然、ブルジョアジーが市民革命で権力を掌握したのですから、それが支配的思想になるでしょう。マルクスの「ドイツ・イデオロギー」参考 ただ、あなたは、マルクスを詭弁的に借用して、イギリス資本主義を賛美しまくっているということなだけです。 であなたは、イギリス植民地についてどうかというと、インドを文明化させたといっているではありませんか? それを賛美といわないでどう表現するのですか?ぜひ教えていただきたい。 > これも、イギリスの海外侵略を悪意だけで理解しては間違いで善意もあった、ということにすぎません。 悪意だけでは理解しては間違いで、善意も「あった」。 あんたが冒頭、被抑圧民族の反乱があるから、善意で統治しているようにみせかける必要がイギリス支配階級側には、あったのではありませんか? > また「文明」と言う言葉を、絶対的な善という印象でうちはだいこさんは理解していますが、これも当時の西洋人が自分達のことを一方的に文明国と自称した、傲慢な言葉である、と私は意識しつつ使っています。 私がいつそんなことをぬけぬけと言い放ちました? 文明という抽象的な言葉は、マルクス主義者である私はあまりしようしません。 ばらばらに点在していた「文明」が、世界史における、世界的資本主義経済としての文明化という程度であれば使用するかもしれませんが。 あなたは、資本の文明化などといいながら、賛美しているではありませんか? しかも、その後に「西洋人」自身が、一方的に文明国と自称した高慢な・・・ これは、大川周明のような、白人排斥論ですね。 つまりあなたは、民族主義者でしょうか? > さて英国は1600年に東インド会社を設立して植民地主義が始まったと思っている人が多いのですが、これは香料などの買い付けを主業務としたもので、搾取とは関係有りません。 ほら、賛美してるじゃん。正当化じゃん。 マルクスは、香辛料や嗜好品をただ同然で、買い叩いて、原料地である植民地から 安く買って、市場で、高く売りつけるという、重商主義段階の経済関係として、 オランダ⇒イギリスの経済移行を関連づけています。 だから、東インド会社の争奪は戦争と帰結していくわけですよ。 > 以後インドの綿布(インドキャラコとして人気)やお茶などを輸入していたもので、西洋人のアジアへの憧れが進出の原動力でした。 西洋人の「憧れ」ですか?今度は。 それは、植民地獲得をしたなかで、おこりえた事象ですし、ブルジョア「文化」 のひとこまでしょう?そんなもんは、労働者階級には手に入れられないものだったわけですが? > (私に言わせればこの時期は、アジアの方が高度な文明があったと思います。) またまた?資本主義が文明化をもたらしたなどといいながら、舌の根も乾かないで、 よくもまぁ、いえるものだと関心しますね。本当にあなたのような、詭弁家にはほとほとあきれましたよ。 具体的にどこが高度な文明だったとお考えですか? > うちはだいこさんには意外かもしれませんが、インドから綿布が輸出されていたのです。 > うちはだいこさんの言うモノカルチャーの傾向が現れて、原綿と綿布の輸出割合が逆転したのは1820年代と言われています。 重商主義から自由主義段階の移行期をあなたは知らないのかなぁ。 > このころから植民地支配の悪い面が目だち始め、それが見えたのが、工藤猛さんが書いた1857年のセポイの反乱です。(これは日本では幕末にあたります。) 植民地支配の「悪い面」ではなく、徹頭徹尾、収奪と、抑圧でしかないでしょう。 > この反乱が英国人に大きなショックを与え、植民地は採算が合わないから放棄すべきだと言う考えが出ました。 たから、あなたは、それがまかりとおってればよかったなどと、歴史にイフをもつてきたところで、それはただのノスタルジーですよ。 > しかし結局は植民地に利権を確立してしまっていた保守派が勝って、植民地保持の政策が続くことになります。 利権を確立してしまっていた保守派ではなく、ブルジョア支配階級、 具体的にいいましょうか、それは、自由主義段階の産業資本家です。 > しかしこの時「植民地を持つことは経済的には採算に合わない」という考えは常識となり、「植民地保有即国益」と言う短絡的な思想はなくなりました。 どういう脈絡になってんの? 植民地利権派が勝ったのなら、どうして負けたほうの意見が、常識的になるの? 実際は、大不況だよ。つまり、イギリス自由主義段階の終焉なわけ。 綿工業の資本過剰が世界大不況をおこしたわけ。 つまり、採算がとれなくなったのは、綿工業が過剰になったから、 植民地支配がゆらいでいくわけだよ。つまり、生産をストップするわけだから。 > この時に英国が必要としたのは、産業革命の結果の余剰商品の販路であって、自由貿易さえ可能ならばそれでよかったのです。 だから、あんた、余剰商品っていってるじゃん。正しくは、過剰資本だけれどもね。 つまり、自由主義段階はがたがたになった。 しかし過剰資本の処理は、景気循環的なものでは、解決できにくくなる。 つまり一国的解決では困難となる。それが、現実として破綻したということだよ。 > つまり植民地を保持するのは、商業圏の確保のための必要悪であって、植民地維持費は必要経費に過ぎませんでした。 だから、資本主義による植民地抑圧・収奪じゃないか? 必要「悪」とかそういうのではなく、資本主義は植民地収奪して成立したんだよ。 > もしその維持費を払うことなく、商業圏が確保できたらその方が安上がりですから、日本を植民地にしようなどとは考えもしなかったのは、こういう理由です。 日本が植民地にならなかったのは、日本が中国や朝鮮を植民地支配することで、資本主義を成立させたからだ。 > この時に英国がインドを未だ文明国ではない、と考えたのは、商業圏としてインドが安定していなかったと言う意味にすぎません。 違います。資本主義が世界史で登場したから、資本主義いがいは、文明ではないなどという排外主義が、支配階級側から突き出されてきたわけでしょう。 > 英国がこの当時「文明国」と考えたのは、主権が確立して、商業圏の治安を安定させ、西洋と同一の法治国家になっでいる国のことでした。 だから、支配的関係と従属関係じゃんか。それって。 > 西洋基準の主権国家(ネーション)を文明国と考え、そういう国なら植民地にする必要が無かったのです。 というよりも、できないわなぁ。近代的軍隊があるから。 > 水原文人さんならこういうネーション論が理解出来る杜思って水原文人さんに問いかけたのですが、結局彼は解らなかったようです。 あなたが、自分の主張が歴史修正主義だということを理解してないんじゃないか? > ネーションという言葉は日本人には解らないといわれていますから、ここはうちはだいこさんにも解らないかも知れませんが、ちょっと記憶しておいて下さい。 では、あなたは何ですか? 資本論第一巻、第二四章第六節、 これをあなたはよーく読んで、マルクスは資本の文明化作用を主張したなどと 大法螺を吹きまくった自分を、精精恥じり倒してくださいませ。 |
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