35215 返信 Re:マルクスとアジア: 隷従から自由へ URL とほほ 2005/05/22 00:39
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隷従から自由へ

「カニバル」と言う語によって、他者の野蛮さや劣等性を代表させること。これこそ自らの暴力的な植民地経略を正当化しようとしたヨーロッパ人にとって欠かせぬ言葉の武器であった。たとえばイーデンが1555年にイギリス語に翻訳したペーター・マルティールの『年代記』の序文には、こうした正当化への欲望が見える。マルティールによれば、先住民がスペイン人に隷属するのは、

【以前の自由な状態よりずっと好ましいことのはずである。なぜなら以前の自由は残酷なカニバレスへの従属状態であり、自由というより恐るべき放縦と言ったほうが正確だからだ。無垢な人々にとってはこのような恐ろしい隷従こそが実態で、自分たちの怠惰のせいで彼らはこうした人々を獲物とする狼たちの犠牲になる危険にいつもさらされていたのである。(Ibid., P. 50.)】

スペイン人によって先住民は「残酷」で「放縦」な「カニバレス」から解放され、真の自由を得る。カニバレスへの隷従からヨーロッパ人支配下の自由へ。「無垢」で「怠惰」で従順な先住民の同意に基づく正当な支配をもたらすのに、カニバレスはあらかじめ存在していなければならなかったのである。こうした対象を作り出す構図は、二〇世紀にいたるまで植民地支配を正当化するために使われ続けたのではないだろうか。「食人種」をめぐる記号の使われ方に私たちが注目すべき理由もそこにある。
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以上
ポストコロニアリズム、本橋哲也著、岩波新書、35P〜37P
思考錯誤: 植民地での日本語教育スレッドより。