| 35249 | 返信 | 思考の硬直化現象 | URL | 小林 哲夫 | 2005/05/24 09:23 | |
| うちはだいこさん 水原文人さん(かげ膳) 『19世紀の西洋人は「未開民族を文明化する」という使命感をもって、植民地を経営しました。』という私の発言に物凄い反発があったので、「その反発は誤解だ!」という弁解を続けております。 19世紀の西洋人の優越意識の実態を知らない人が多いことにも驚きますが、それに私が同感して書いているかのごとく誤解する人ばっかり、と言うのも驚きでした。 「植民地主義はどういう情念で進められたのか?」「植民地主義とは何か?」という歴史に対する好奇心を失った人ばかりのようです。 「植民地主義は何が何でも悪い、その良いところを認めようとする人間は、歴史修正主義だ!」という勧善懲悪式の単純な思考方法で、脳の中は救いがたいほどに硬直化しています。 世の中の全てを水戸黄門流に理解したいという日本文化の強さを感じます。 ギリシャ人が文明と言ったのと、中国人が文明と言ったのと、西洋人が文明と言ったのでは、同じ文明という言葉でも、それが様々な違った意味を持ってくる、という言葉の多義性が理解できなくなっているようです。 だから「半文明」というような玉虫色の言葉は、生理的に受け付けなくなっているのかもしれません。 イギリス人がインドに対して持った優越感の実際を理解しないで歴史を語ることは出来ません。 それでは別の例を挙げましょう。 華夷秩序秩序というのは、「文明の中心である中国が、野蛮な周辺国に文明を施す」という考え方で、国際関係に秩序をもたらそうとするものでした。 『日本は中国から見ると野蛮国(東夷)でしたから、様々な恩恵を受けてきた歴史があります。』 こういうことを私が書くと、日本人は怒り出すのでしょうか? そもそも中国が文明で、日本が野蛮などとは怪しからん、文明の定義を述べよ!などと抗議するのでしょうか? 日本は中国から恩恵など受けていない、と胸を張るのでしょうか? 「歴史のある時点では確かに中国の文明の方が日本より高かったことを認めざるを得ない」ともし私が発言したら、「お前は奴隷根性の売国奴だ!」と罵倒されるのでしょうか? 奈良時代の人々がどのように中国を文明国として尊敬したか? その当時の中国と日本の文明の高さに、違いを認めることは出来ませんか? あくまでも文明に高低は無い、という建前で、歴史を書くことが出来るでしょうか? 勿論その高低を絶対的なものと私は主張しません。 奈良時代の日本文明が中国に劣らない高さの文明を持っていたということも出来ます。 しかし歴史の常識として、奈良時代には中国には日本より高い文明があった、という書き方を理解する必要があります。 そして19世紀のイギリスをインドと比較すれば、イギリスは(イギリス人が言う意味で)文明国であった、ということを理解しなければ世界歴史にならないと考えます。 歴史認識というものは時々刻々と変わるものであり、その変化に柔軟に対応していくべきものと考えます。 それを150年前のマルクスの書いたことに縛られて、硬直化してしまっては、時代に求められる歴史は書けないでしょう。 |
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