| 35352 | 返信 | Re:思考の硬直化現象 | URL | うちはだいこ | 2005/06/03 09:10 | |
| > うちはだいこさん 水原文人さん(かげ膳) > > 『19世紀の西洋人は「未開民族を文明化する」という使命感をもって、植民地を経営しました。』という私の発言に物凄い反発があったので、「その反発は誤解だ!」という弁解を続けております。 それは別に目新しいことではありません。 あなたのいっていることは、植民地侵略者の立場でしょう。 あなたのいっている歴史観は、昔からありますし、植民地肯定論そのものですね。 > 19世紀の西洋人の優越意識の実態を知らない人が多いことにも驚きますが、それに私が同感して書いているかのごとく誤解する人ばっかり、と言うのも驚きでした。 当時の植民地主義者らの文献をよんでもしめことができます。 あなたは、その植民地主義者の主張を羅列しただでした。 そこで批判が展開されて、初めて、いや輪と滋賀いっているのは、当時の植民地主義者の考えをいったものです。などと返答されたものでしたね。 同感も違和感も肯定も否定も、あなたは跡付けでぼそぼそいっているだけです。 > 「植民地主義はどういう情念で進められたのか?」「植民地主義とは何か?」という歴史に対する好奇心を失った人ばかりのようです。 どういうことではじめられたのか、が重要ですか? 何をして、どのようになったのか?が重要ではありませんか? あなたは建前と本音をそもそもご存知ですか? 相手を侵略するぞってのりだすのではなく、相手のためですよといいながら奪ってしまうということではありませんか? 扶桑社の歴史教科書では、当時の支配者の考えを、知ることが歴史だといっています。 つまり、あなたのいう、「植民地主義はどういう情念ですすめられたのか?」 ということで「植民地主義とは何か?」を捉えることと、まったく、扶桑社の歴史教科書とは一緒ではありませんか? あなたは、扶桑社の歴史教科書のお立場だとはっきりさせたほうがいいと思います。 > 「植民地主義は何が何でも悪い、その良いところを認めようとする人間は、歴史修正主義だ!」という勧善懲悪式の単純な思考方法で、脳の中は救いがたいほどに硬直化しています。 藤岡信勝の主張そのものだ。 つまり、あたかも自分は、どちらの立場でもないとして、大東亜史観ではなく、自由主義史観だとして押し出して、結局は、侵略肯定・植民地肯定の歴史教科書の推進者になった藤岡信勝とうりふたつであります。 > 世の中の全てを水戸黄門流に理解したいという日本文化の強さを感じます。 意味不明。水戸光圀は国学思想そのものの、大日本史を書いており、あなたらの保守派の天皇制思想そのものの源流にさえなっていますがね。 > ギリシャ人が文明と言ったのと、中国人が文明と言ったのと、西洋人が文明と言ったのでは、同じ文明という言葉でも、それが様々な違った意味を持ってくる、という言葉の多義性が理解できなくなっているようです。 資本主義の世界史としての登場は事実ですが。 > だから「半文明」というような玉虫色の言葉は、生理的に受け付けなくなっているのかもしれません。 意味不明。 > イギリス人がインドに対して持った優越感の実際を理解しないで歴史を語ることは出来ません。 何がいいたいのコバテツ。 > それでは別の例を挙げましょう。 > > 華夷秩序秩序というのは、「文明の中心である中国が、野蛮な周辺国に文明を施す」という考え方で、国際関係に秩序をもたらそうとするものでした。 支配階級の立場でしかない。 > 『日本は中国から見ると野蛮国(東夷)でしたから、様々な恩恵を受けてきた歴史があります。』 > こういうことを私が書くと、日本人は怒り出すのでしょうか? > そもそも中国が文明で、日本が野蛮などとは怪しからん、文明の定義を述べよ!などと抗議するのでしょうか? 意味不明。 > 日本は中国から恩恵など受けていない、と胸を張るのでしょうか? > > 「歴史のある時点では確かに中国の文明の方が日本より高かったことを認めざるを得ない」ともし私が発言したら、「お前は奴隷根性の売国奴だ!」と罵倒されるのでしょうか? > > 奈良時代の人々がどのように中国を文明国として尊敬したか? > その当時の中国と日本の文明の高さに、違いを認めることは出来ませんか? 現代の植民地主義の比較、擁護にも値しない。 > あくまでも文明に高低は無い、という建前で、歴史を書くことが出来るでしょうか? だからあなたが、扶桑社の「国民の歴史」の立場とみとめたらいい。 > 勿論その高低を絶対的なものと私は主張しません。 > 奈良時代の日本文明が中国に劣らない高さの文明を持っていたということも出来ます。 > > しかし歴史の常識として、奈良時代には中国には日本より高い文明があった、という書き方を理解する必要があります。 > > そして19世紀のイギリスをインドと比較すれば、イギリスは(イギリス人が言う意味で)文明国であった、ということを理解しなければ世界歴史にならないと考えます。 どうやって、イギリスは七つの海を支配したかあなたは知っていますか? > 歴史認識というものは時々刻々と変わるものであり、その変化に柔軟に対応していくべきものと考えます。 新しい教科書だといいたいのですね。 > それを150年前のマルクスの書いたことに縛られて、硬直化してしまっては、時代に求められる歴史は書けないでしょう。 > 藤岡信勝の主張そのものですね。受け売りに等しい。藤岡らと研究すればいいではありませんか?こんなところて、クダまいてないでね。 > |
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