| 35356 | 返信 | 日清戦争;1894年 | URL | 小林 哲夫 | 2005/06/03 19:38 | |
日清戦争は何故、何のために戦ったのか? について書いた本を探しているのですが、詳しく書いた本は見つかりませんでした。 福田和也著「魂の昭和史」では 「中国の支配下に有った朝鮮半島を日本の勢力範囲に置くために中国と戦った」 とあり、この説明が常識となっています。 加藤陽子著「戦争の日本近現代史」には 「シュタインや山県らの軍事的観点からの論理、即ち日本の独立自衛のために朝鮮の独立を確保しなければならず、その独立を阻害すべき清韓の宗属関係を排除するために、清国を半島から排除しようとした。」 とあります。 開戦の口実は、日本が清国に、共同で韓国の内政を改革する案を提出したのに対して、清国からこの申し出を拒否されたことである。 この戦争理由と口実を見れば、ほとんど一方的な言いがかりだったことがわかります。 戦争原因はすべて日本側が作ったものであり、一方的な戦争でした。 日本が朝鮮を清国の宗属関係から切り離そうとさえしなければ戦争は起こらなかったのです。 さてそれではどうして日本にとって宗属関係を切り離すことが必要だったのでしょうか? この時の日本人は、朝鮮半島が中国の勢力下に置かれていると、半島を通って、日本が侵略されると恐れたのです。 蒙古軍が朝鮮を通って、朝鮮軍を先頭に立てて、日本に来襲したことが忘れられなかったようです。 だから日本の自衛のために、半島を日本の勢力下に置こうとしたものです。 しかしながらこの自衛の論理は、防衛と言うことの実際を知らない、軍事素人の考えでした。 日本本土だけならば、海上を海軍だけで守っていればよいのですが、半島を守るとなると陸続きの国境線を陸軍で守らなければならず、これはとてつもなく厄介なことなのです。 もし自衛(利益線)と言う考えで半島を勢力下に置くとしたら、その範囲はどんどん広がって、満州へ、蒙古へ、中国本土へと際限も無く広がる考えであって、とても常識のあるものとはいえません。 このような正しくかつ平和的な助言をしてくれた西洋人も居たのですが、シュタインのような自国の国益がらみの助言をする人の方を信じてしまったのでした。 さて自衛上はさして緊急でもないこのような日清戦争に、あえてこの時に挑んだ理由には、帝国議会における反政府運動の熾烈化対策もあったようです。(猪木正道著軍国日本の興亡12p) 内政混乱を外交に転化すると言う手法です。 また福田和也氏は、日本の独立を守るために清国が半島を支配するのを戦争で阻止したことを、「ゲームとしての戦争」と表現しています。 戦争ゲームをきちんとやれない国はダメな国で、こんな国は植民地にされても仕方が無い国だと書いています。 明治の日本人が日清戦争を「世界史のゲームへの参加」と感じたこと、当時そのようなゲームの規則で世界が動いていたことは私も認めることが出来ます。 しかしながらこのゲームに参加しなければ負け犬になるとか、植民地にされても仕方が無い、などとは考えられません。 世界には沢山の国があり、中には軍事的な弱小国もありますが、そういう国が全て植民地にされたわけではありません。 それなりに独立して、豊かに存続した国が沢山あることを知らないのでしょうか? そもそも「泥棒が横行する社会では、自分も泥棒をしなければ生きていけない」などと弁解するような国がどこにあるでしょうか? 今頃100年前の戦争を弁解して何のためになるでしょうか? 「どうしてあの戦争をしないで済ますことが出来なかったのか?」という反省がどうして定着しないのでしょうか? 「どこが間違っていて戦争になったのか?」という検討はされているのでしょうか? 戦争をしないためには日本はあの時どうすれば良かったのか?という反省の意見を見たことが無いのはどうしたことなのでしょうか? 先ず「日清戦争は必要無い戦争だった。」という認識から出発したいと思います。 日清戦争が日本の最初の海外侵略であり、これを出発として、ずるずると大陸に利権を作り、途中で引き返すことが出来ないままに、太平洋戦争の惨禍に繋がるという意味で、国益を損ねた戦争と言わざるを得ません。 |
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