35364 返信 日露戦争とは? URL 2005/06/04 11:51
小林 哲夫さん こんにちは

> つまり戦争ゲームのルールによれば、アジアで不凍港を求めて南下するロシアを食い止める役割をイギリスから期待された日本は、自分の朝鮮、満州に対する野望も加えて戦争をしたものです。(1902年日英同盟)

> 私の感想は、どうもイギリスにしてやられたのではないか?というものです。
> イギリスにゲームのやり方を教えてもらって、その通りにやっただけでは無いでしょうか?

その通りです。
日露戦争は、当時、世界覇権国であったイギリスが、ロシアを叩くために日本を利用したのです。
1963年以降、伊藤博文は終生イギリスの代弁者だったのではないか?
伊藤博文の反イギリス的行動は、すべて計算済みだったのではないか?
と考えられます。

http://www.snsi-j.jp/boyakif/wd200412.html
より引用

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『日本神學』VOL.57 NO.2 −平成17年2月−
      日本神学連盟

維新の立役者たちの正体(上) -米英に操られた幕末の日本-

小酒部 宏

(中略)

一、文久二年十二月十二日、品川御殿山に建造中であつたイギリス公使館を、長州藩の尊王攘夷の過激派武士七人が爆裂弾で襲撃してこれを燃やした。

 しかし、公使館には見張り番がゐただけだつた。
 この襲撃に加つてゐたのが、後に維新の元勲と呼ばれる伊藤博文(俊輔)や井上馨(聞太)、それに高杉晋作、久坂玄瑞(くさかげんずい)、品川弥二郎らである。

 ところが、この襲撃から僅か五カ月後の文久三年五月に、伊藤博文と井上馨はイギリスに密航してゐる。こんな馬鹿なことがあらうか。

 この時密航したのは五人で、旅費は一万両掛つてゐる。現在の金額に直せば約十億円である。

 この金を立て替へたのが、長崎の武器商人であるジョン・グラバー(一八三八-一九一一)である。
 
ジョン・グラバー商会は、上海のジャーディン=マセソン商会の日本の窓口であり、ジャーディンとマセソンの二人は、アヘン戦争(一八四〇−四二)でボロ儲けした当時最大のアヘン商人だつた。

 伊藤博文や井上馨は、イギリス公使館を襲撃した前後の時期に急激な思想転向をしたらしい。つまり彼らはイギリスの手先になつたのである。

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引用終了