| 35532 | 返信 | Re:歴史観 | URL | 武蔵の一住民 | 2005/06/17 07:37 | |
| > 武蔵の一住民の論評は科学的な根拠が薄弱で多分にイデオロギティック(こんな言葉あるのか)です。 現代日本で一般的に使われる意味での中国において、古くより自勢力の 中心地を中国(中域)という特別地域と称し、周囲を夷狄(名称は 多様ですが)とする中華思想の原型が誕生し(必ずしも単一の中国 観があったわけではありませんが)、秦・漢の統一以降、その特別 地域たる中国が拡大し、現代日本で使われている意味での範囲に 近付いたことと、その中国において、中華思想が変容しつつも受け 継がれてきたことは、否定のしようがありません。 まあ、岡田氏に対する論評に「科学的な根拠が薄弱」なことは 認めますが。 > 「憧憬に近い感情」を持っていたという根拠はこれまでに中国史に出てくるあまたある文献に明記されていますでしょ。 当然あるでしょう。 別に私はそれを否定をしていませんが? もちろん、「周辺地域」に「中原」への憧憬はあったでしょうし、 そこには中華思想の影響もあったでしょう。 その意味で、「周辺地域」の「中原」への憧憬を中華思想と関連 させて理解するのはおかしなことではありません。 私が否定しているのは、「中華思想という発想が中原地域に元々 あったわけではありません」とし、「中華思想とは中原周辺地域が 抱いていた憧憬に近い幻想」と結論付けることなのですが。 「周辺地域」に「中原」への憧憬がどれだけ根強くあろうとも、 「中華思想という発想が中原地域に元々あったわけではありません」 とはなりませんが? > 一つの歴史観歴史の見方として中華思想をそのようにとらえる事は誤りなのか否か?を今議論しているのであり。そのような歴史観は誤りである、と貴方は主張しているのです。そうなのであれば何が誤っているのか、筋道を立てて論証してください、と申し上げているのです。 上述したとおり、「周辺地域」の「中原」への憧憬を中華思想と関連 させて理解するのは妥当などころであり、その意味で、これを中華思想の 変容版とするのはありえるでしょうが、「中華思想という発想が中原地域 に元々あったわけではありません」とはなりません。 |
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