35584 返信 Re:あしなさんに質問 Re:「人間は楽をしようとサボる生き物である」? URL あしな 2005/06/19 21:45

> >もし上記が「労働者と資本の利害が一致している」サービス残業のしすぎで過労死してしまった労働者の場合でも、辞職せずに自ら過重労働労働したのだから、その人物は自ら進んで過労死したのだということになってしまう。
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> 労働者を死にいたるほど強制的に酷使したらば経営者は刑務所行きです。
> 過労死が問題化する事例のほとんどはあくまで残された家族に対する経済的フォローの問題。

 問題の矮小化

> そのことで犯罪者となった経営者などいない。自ら進んでかどうかは知らないが「労使双方の利害の一致」は成立しているはずです。だから刑事罰は課せられない。
> 労働を強制しているなんてとんでもない認識ですね。
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> >靖国の英霊は自ら進んで/喜んで天皇のために戦死したという論理と似ている。
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> 過労死が強制の結果に見える人にはそうでしょうね。
> 経営者は殺人犯なんだから刑務所に入れてしまえ・・・ですか?

 で、私がいつ「経営者がサービス残業を強いた」と書いたのか。おっちゃんは一体誰と論争しているのか?甚だしく不可解。

 これまでの、おっちゃんの論理は一貫して「ある行為に関して形式的に行為者の自発性が認められているから、その行為は行為者自身の内面においても全く疑問の余地なく自発的なものである」というものです。つまりサービス残業し過ぎた人が死んだのは全く彼個人の心的内面に由来する問題であると。
 これは行為者の心的現実を度外視することによって、行為の全責任を行為者の心的内面に帰してしまっているわけで、まあネオリベ的な心理主義化って言うのはこういうことになるのよね、と言う見本ですね。

 で過労死した労働者の管理者や経営者が処罰されたか否か私は知らないが、っかりに種罰されなかったとしても、それはあくまで外見上・形式上は過労死が労働者自身の自発性の結果であるかのようになっているからに過ぎない。何故彼が「自発的に」そのように行為せざるをえなかったか?何故そのように選択する羽目になったか?という条件の考察を全く欠いてしまっている。過労死の様な局面は「労働者自身による資本の論理の内面化」の実際的な現れであると言えるだろうし、さらにおっちゃんの言い分のように徹底的に個人の心的内面の問題に還元されることで、労働者は外見上「喜んで搾取されている存在」として同一化されていくのでしょう。

 しかしそもそもおっちゃんが当初主張した「労働者と資本の利害が一致している」という命題が妥当であるためには、大多数もしくは少なくとも過半数の労働者が過労死しているか過労死寸前になるまで働いていることにならないとおかしいんじゃないか?
 何故なら「報酬が同じならなるべく楽しようと考える労働者」が「資本と利害を一致させている」とはとうてい言えないわけだから。大分前の話なので細かいところは覚えていないが、この話題はそもそも「人間は楽をしようとサボる生き物である」に対して、不払い労働時間の搾取でも疎外でも物象化でも何でも良いけれどそのように語られる「賃金奴隷制」的労働の特殊性を前提に「人間は」が「労働者が」だったらまだ話が分かるんだけどということからだったはずです。

 おっちゃんが言うのは「みんな会社に入って辞めないでいるんだから、心の底から会社と一体化して働いているのに違いない」と言うだけで、「ホントは嫌々なんだけど、仕方がないからそういう振りをしている」という「可能性」すら全く無視しているので論外。