| 35607 | 返信 | Re:あしなさんに質問 Re:「人間は楽をしようとサボる生き物である」? | URL | あしな | 2005/06/20 23:10 | |
| > >おっちゃんの様に個人の行動と責任に関して社会・生物的要因を度外視してひたすら心理主義的に説明するやり口は20世紀も60年代辺りまでで廃れたと思ってましたが。 > > 甘いですね。 > 重労働の強制で拷問死や餓死するわけでなし、心理的側面は大きいのですよ。 > いやどうしようもなく甘いのはおっちゃん。心理主義を全面化した立場から場当たり的に「大きいのですよ」と無根拠に独白されてもね。 下でとほほさんも言っていますが、司法手続き上出方をつけるためであればある人の行動の責任はおっちゃんが言う様な枠組みでその人物の心的な問題に帰属させることができるでしょう。しかしその人物の行為やその際の心的現実を扱うためには生物・心理・社会の各側面を総合的に見る必要があります。増して社会的行動についてならなおさら。 > 「賃金奴隷制」は労働のあるべき姿ではない、でいいのです。 > で、そもそも「労働」を「賃金奴隷制」的な側面において捉えるという前提でこのやりとりは始まっているんだけど。だから今村仁司は「仕事」を「労働」に対比させたわけで。もちろんおっちゃんは最初からその辺を排除すると言明しているわけですが。その上でもし現在の「労働」一般がおっちゃんの言うあり得べき労働の本来性から逸脱したものであると見なすなら、「労働者と企業の利害が一致している」とは言えないか、そう言った場合そのような状況の矛盾そのもの(それこそ倒錯)が問題視されるはずですが。 > ま、企業労働者の過半数は自分の仕事(労働)が搾取でも疎外でもないと感じているでしょうね。 > 自分をゴマカしてそう思い込んでいるかどうかは話が別ですよ。心理の問題ですから。 > で、おっちゃんは問題を個人の心理に還元することで矛盾そのものから(その可能性からさえも)目をそらしてしまう。 > 実はこの私こそ個人的には現状の労働形態(企業への就職)は「賃金奴隷」そのものだと思っているのです。 > だから私は好きこのんで労働者にはならない。企業に雇われずとも「人間らしく」生きていく道はいくらでもある。 > それはおっちゃんがそうであるという話。 > >で今のところおっちゃんが示したのは「皆が会社に入って辞めない」ということだけ。(実際にはそれも検証が必要)。大多数の労働者において他に選択肢がなくて仕方なくそうしているのであれば、「労働者が資本の利害に従属させられている」と言うことはできても「労働者と資本の利害が一致している」と言うことはできない。もちろん人間が苦役の中にさえ喜びを見いだそうとすることと背反しない。 > > 「苦役」などと決めつけるのは真面目に働いている労働者の皆さんに失礼ではないですか。 「現状の労働形態(企業への就職)は「賃金奴隷」そのものだと思っている」その当人が、辞めないのは労働者個人の心理的問題だと言うことは、それこそ「真面目に働いている労働者の皆さん」に対して高みから見下している。なぜなら彼らや私がどうして辛うじて折り合いをつけつつ賃労働せざるをえないのか?という問題意識を欠いているから。 |
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