| 35695 | 返信 | Re:Reさらに「労働について」 | URL | おっちゃん | 2005/06/25 09:41 | |
| >このような「女性の低賃金非正規労働者としての動員」を「女性の社会進出」と短絡させ、その実態を隠蔽するという手口も当時よく見受けられた「支配層の画策」の範疇と言える。 実態はまさしく「低賃金非正規労働者」の動員ですが?(外国人労働者の実態と同じ) それにあしなさんの見解によれば、それ以上のものはありえないわけ。 では何のために女性が働くことを望むわけよ? >ここでもおっちゃんは労働者が「資本に包摂されざるを得ない条件」を無視して「労働者が資本に包摂されていること」を全面的に労働者自身の選択に帰した上で批判している。自ら「資本家の画策」と言っておいて、その「画策」の部分を無視して労働者を批判するというマンネリズムに陥っている。 その「画策」に乗らない選択しか道はないでしょう。自らの選択でそれに「乗った」場合はそのことによって生じる社会的責任の主体になる。「私も加担しているけれど、そうしないと飢え死にするので仕方がなかった、責任はすべて資本家にあるの」なんて情けないことを主張するなって。 とことん一人前の大人たちを甘やかしたいわけね。 >このおっちゃんの論理は、詐欺の被害者に対して騙されたことを罵りながら、詐欺師の行為に関しては不問に付す」様なもので徹底的に間違っていることは明白である。しかも詐欺師と被害者の関係と異なり、資本と労働者の関係においては「労働者は資本に包摂されざるを得ない」という関係の非対称性が存在する。この点を無視する点でおっちゃんの論旨は「詐欺の比喩」の場合よりもさらに悪質であると言える。(資本を批判すると見せかけて、徹底的に資本を擁護する点において。) 詐欺師に例えないと説明できないわけですね。やっぱし、かなり無理してるんじゃないの? 詐欺というのは立派な犯罪ですよ。 私の場合は「金融業者」くらいに例えさせていただきましょう。 借りた金は返すのは当たり前の話なのですね。利息に納得して借りた責任は騙された責任(詐欺にあった責任)とは天と地ほどの違いがある。返すのがいやなら借りないことね。 >以前別な掲示板で「赤字の会社でも給料が出ているのだから、労働価値説は間違いだ」と言った人がいましたが、ここでのおっちゃんの言い分の無茶苦茶さもそれに似ている。 労働価値説はともかく、赤字の責任は労使双方が負うのが原則。(利害の共有) >私は個々人の意志と関係なく社会を総体として捉えた場合に個々人が「機械の部品」たらざるをえなかったり、資本主義経済に包摂さる形でしか生きられないことを問題にしている。 では「機会の部品」ではない人(生き方)というのはどんなこと?支配層はそんな人なわけ? アメリカの大統領だって「社会を総体としてとらえた場合」には「機会の部品」であり「経済に包摂」される形でしか生きられないでしょう。 あしなさんはけっきょく苦し紛れに屁理屈を弄んでいるだけ。 >「村上に移ったらきついろう。今よりずっと生活していくのは大変だよ。ここに居れば食べる分ぐれぇのものは作れっし、山菜でもキノコでも、ちょこっと仕事の帰り採ってこれるけどね。町に下りたら、みんな買いに行かんばねぇ訳だ。きついよう。」(田口洋美「越後三面山人記 マタギの自然観に習う」農文協 1992 > ここで語られていることは従前の環境から「資本主義経済への包摂」の度合いがより強い環境に移らざるを得ないことに対する不安と言える。 ちゃんと読んでいただきたいのだけれども、その文章は「今よりずっと生活していくのは大変」なら今のままでいいではないかという観点で移住の強制を批判しているわけですね。 賃金労働者にならずとも生きていく道はいくらでもあるという私の主張を補強してくれるお話ではないですか。なんでも逆さまに見えるのね。 >> うそいえ。 >> > やはり自分でも強引な因縁をつけていることを少しは自覚しているからこういう「攻撃的」な物言いとなるのか? 「攻撃的」じゃなくって、ほんとにあきれとるのよ。 |
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