| 35735 | 返信 | Re:単一民族論 | URL | tpkn | 2005/06/27 04:57 | |
| inti-solさん > > ここでもinti-solさんは別の民族文化圏であることの根拠として「純然たる琉球語」や「別の独立国」であることを挙げておられますが、八重山と本島の言葉がこれまたまったく違う以上「純然たる琉球語」というものも実は存在しません。 > > いいえ。純然たる八重山方言があり、純然たる沖縄本島の琉球語がある、というだけの話です。 え? 琉球語ってのは奄美から与那国までの全言語を包摂した概念ですが…。八重山方言に対比させるなら首里方言ということになると思いますが、それにしたって純然たる八重山方言なんてものはないですよ。本島だけでも、通じないぐらい違う場合もあるのです。 2回目の調査において、話を聞かせてもらった比嘉清光さんと敏子さん夫妻は二人の言語状況がそのことを表している。清光さんも敏子さんも二人とも出身地の琉球語で話すことはできる。しかし、日常生活の中で、二人で会話する機会の時も琉球語は使わずに共通語で話す。二人とも出身は中部地方で距離的には近いが、清光さんは今帰仁地方の出身で敏子さんは本部町の出身だった。今帰仁は「はひふへほ」を「ぱぴぷぺぽ」と発音する沖縄でも特殊な発音の特徴をもつ地域である。一方、本部町は廃藩置県語に首里から没落した士族が流れて住み着いた地域であるので大部分の言葉が首里方言に変化していったので、中部にありながら南部の首里の言葉の特徴を持つ。結果として近距離に位置してるけれど言葉の違いは意思伝達に障害が起こし、精神的にも抵抗が生じるほどになる。 > まったくそのとおりです。ですから、サンマリノのような人口2万人とか3万人のミニ国家を例外として、一定の面積と人口を有する国家で「単一民族国家」なんて代物は現実には存在しないと考えているわけです。サンマリノにしても、もし仮に単一民族国家だったとしても(ほんとうにそうなのかどうかは知りませんが)、下に述べるような事情で、それは日本人が幻想に抱いている「単一民族国家」とは別のものです。 いえ、ですから、ある民族が圧倒的多数を占めているものを「単一民族国家」と言うんじゃないでしょうか。語の定義として。もちろん、小熊氏が「単一純粋の起源をもつ、共通の文化と血統をもった日本民族だけで、日本国が構成されてきたし、また現在も構成されている」と定義する「単一民族神話」は、単一民族国家であることを逆から見ているという点で問題ありですが。 > > 「独立国」という概念も今と昔では違っているわけで、たとえば明治以前の日本がひとつのまとまった国だったかどうかというのも、今の概念からすれば疑問が多いわけでしょう? > > もちろん、近代国家の概念で江戸時代以前の日本を説明できるわけではありません。それは、しかし世界中の国が同じです。ヨーロッパで現在のような近代国家の概念が確立したのはいつ頃のことでしょうか。15〜6世紀ではないか、という気がします。 というか、ヨーロッパは単一民族の国などほとんどありませんし、それに「国」の概念自体が全然違いますよ…。 > > 琉球人が自分達は日本人(の一種)だと思っているときに > > この「アメリカ人」というのは、実はまた別の分類概念でして、以前国民国家の種類について確か問答有用に投稿した記憶があるのですが、「英語人」「西語人」をまとめて「アメリカ民族」と見なすことは可能ですよ。 > > このあたりに問題の本質が隠れているような気が私はするのですが、要するに「民族」と「国民」がごっちゃになっているんですね。 いえ、違います。これは以前どこかにわかりやすい図解があって、確か問答に投稿したような記憶があるのですが、国民国家の形成のされ方が、ヨーロッパと日本とアメリカでは全然違うわけですね。簡単に言えば、アメリカはネイションがステイトを包摂している状態でして、ネイションの集まりでステイトを形成しているロシアなんかとは逆のパターンとなるわけです。日本の場合は、ネイションとステイトがほぼ一致します。 で、「アメリカ民族」というとらえ方は、たとえばユダヤ人が宗教観によってひとつの民族を形成しているようなあり方に近いものがあると思います。つまり、freedomとdemocracyという「理念」のもとに集まる(あるいは集まろうと)している人々の共同体ですね。アメリカ人の場合は、いろんな民族がバラバラに寄り集まってその利害を調整する形で国家が機能しているのではなく、国家の理念が先にあってそこにいろんな民族が津々浦々から集まってきているという状態でしょう。その意味では、最近になってメキシコから流入しているチカーノも、スペイン語の地名がついた西部にそういう人が集まるという意味で、例外ではないです。 > つまり、「琉球人が自分達は日本人(の一種)だと思っている」というのは当たり前のことであって、彼らはもちろん日本国籍を有するれっきとした日本国民なのですから、「日本人(の一種)」に決まっているのです。アイヌ人もそうですし、日本国籍を取得した韓国・朝鮮人もそうです。でも、それは「日本民族(大和民族)」の一員であるかどうかとは、また別の話であるわけです。 ではなくてですね。これは、アメリカから本土に「復帰」した心情について述べているものです。沖縄では独立しようとする動きももちろんありましたけど、単にアメリカと日本を比べて日本国籍を選択したというわけではないのですね。あくまで、心情として「復帰」だったわけです。本土から来る左翼が沖縄とヤマトの違いを強調すればするほど、沖縄人は鼻白むのですよ。 |
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