35751 返信 Re:Reさらに「労働について」 URL おっちゃん 2005/06/28 12:33
>おっちゃんは社会構造を無視した心理主義的責任転嫁という方法以外の反論が無いからこういう極端な比喩をすると必ず比喩の意味ではなく表現にかみついて来るという好例。

きちんと(でもないが)反論すると、いつも「お遊び」だったとか「極端な比喩」だったとかで言い逃れをするという好例。

>例えば前述の越後三面の話に見る様に、日常生活の大部分が商業化された社会において、「金を稼がなければ生きられない」という状態が実は人間にとって負担になっているが、多くの人間にとってそのような資本への包摂は空気の様に当たり前であるが故に、負担によるつらさは感じつつも(病感)、それが資本への包摂の強化という問題から由来するという認識(病識)を持ち得ない。

人生には多少の「負担感」や「つらさ」はあるもの。
健康というのはどういう状態を言うのか提示もできずに無理やり病人を作りたがっている悪徳医師に似た物言い。

>今の方が「悪い部分」もあるでしょう。上記の様に「病識」が持ちにくく、かつそれを持つ可能性が体系的に排除されているので。(もちろんおっちゃんの様な言説も社会構造的な問題認識を排除することに役立っています。)

あしなさんのは「部分」の問題だったのですか?
では総体としてこの時代は昔よりはるかに良い時代だということは認めているわけですね。

>これも心理主義的説明。何故納得させられているか?が全く無視されている。

そうです、納得しているのだから仕方がない。
これを納得させない方向に「誘導」するのは大変な仕事ですよ。いったい何のためにそんなことを考えるの?
資本と労働者が守りたがっている企業社会から仲間はずれにされた人たちが企業労働者(正社員)の数をはるかに超えているわけです。そういう人たちの想いを無視して、「ネオリベ」を雲の上からの主張だなどと勘違いしていてはだめなのですね。
理不尽に制度や既得権によって撥ねられた人々がまず「実力主義」を主張するのは当然ではないですか。

>資本は人間ではないのだから当たり前。上記を解釈すると、おっちゃんの思考には最初から「社会構造」というカテゴリーは無いと言うことか?

私のは上記のようにまるごと「社会構造」を踏まえたうえでの主張ですが?