| 35762 | 返信 | Re:Reさらに「労働について」 | URL | おっちゃん | 2005/06/29 14:13 | |
| >当初の緒ちゃんの命題が、「労働者と資本の利害が一致しているかの様に労働者が振る舞っている」というのなら、それでも良いのです。或いは人間の行動が、行動者の心情と逆であったり、その背景に葛藤を抱えていたりしないのなら、おっちゃんの言うとおりでしょう。しかしそんなことはあり得ません。ここでおっちゃんは「こころ」をブラックボックスとみなし行動と心情を短絡的に連結することで、「雇用され(続け)ている」ことが全面的に労働者の欲求に適うものと捉えています。しかし私は現代の賃労働の問題を「賃金奴隷制」として敷延し、労働者と資本の利害が本質的に一致しようがないことを既に示しており、しかもおっちゃん自身は賃労働を充分ネガティブに見ています。 人間の行動が行動者の心理と逆であったり、その背景に葛藤をかかえていたりすることはよくあることです。それを逆の真理や葛藤の存在することを誰が決めるのですか? 私は「ご本人たちは気がついていないけれど、私がそうだと決めてあげる」ではだめだと言ってるだけの話です。 労働者が自らの要求をかかげて闘う以外にどんな方法がありますか・・・ >これはまた不可解なことを仰る。「賃金奴隷に甘んじていることは全面的に労働者の心情を反映している(それ故そのように行動せざるを得ない社会的条件は無視して構わない)」とおっちゃんは主張しているものと思っておりましたが? 無視できぬ救いがたい社会的条件は労働者が闘おうとしないことです。 労働組合の組織率がどんどん減少し、政治選挙でも労組議員が惨敗し、投票率低下にも歯止めがかからん。 これらはすべて「現状にある程度満足」という労働者の意思の表明、どうにもできない「社会的条件」なのですね。 この私の指摘を「労働者を批判して資本を免罪している」などと言われても、それこそ矛先がズレまくっているとしか言いようがない。 >或いはおっちゃんの言う「社会構造」なるものの内実がさっぱり分かりませんが、少なくともそれが「社会」でも「構造」でも無いことは確かですね。何せ「そうです、納得しているのだから仕方がない。」ですから。 そうなのです。 高い利息の借金をしている人がいたとして、それはご本人が「納得しているのだから仕方がない。」でしょう。貸すことも借りることも禁じるわけにはいかん。 「私は(バカバカしいから)借金などしない」という考えと両立できない種類の話ではない。 あしなさんは「借金せずには生きていけない人たちだ」とか言っているようなものなのですね。 |
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