| 35781 | 返信 | Re:Reさらに「労働について」 | URL | あしな | 2005/07/01 00:13 | |
| > 何をわけのわからないこと喚いているのですか。> ただ「わけのわからない」とだけ言えば良い立場に開き直れると楽そうだなあ。 > 私が「選択肢が採られない」ことの理由を「労働者の心性」に帰してどこが悪いのでしょう?> 心性を成立させる条件としての「心性の外部」=社会構造を捨象してしまうことがこの場合犯罪的に害悪です。 > 労働者の人格や権利を十分配慮してのことです。最大限の労働者の主体性を尊重している。 > 私には労働者を愚か者や幼児扱いするような趣味はありません。> 「愚か者や幼児扱いしない」ことが労働者に無限責任を強いることになるのだから余計たちが悪い。 > なぜ闘わないかの理由は、労働者がそれでかまわないと判断しているからです。 > その責任はすべて労働者にあります。私に責任はない。 > 「労働者がそれでかまわないと判断している」と言うのが社会構造の無視を前提として辛うじて成立するおっちゃんの思いこみに過ぎない。何故ならおっちゃんが述べた内容は、「雇用とその継続を求めている」という労働者の行動であって、「労働者がそれでかまわないと判断している」という心的現実ではなく、また行動がどのように心性に繋がるかの説明は今に至るまで一切為されていないからだ。 > 「もっと落ちるよりマシ」ということは、「闘えばもっと立場が悪くなる」という判断でしょう。 > そりゃそうです。既得権益に縋りついているんだからそういう考えもごもっともです。 > なぜ縋りつかざるを得ないのか? > >> この私の指摘を「労働者を批判して資本を免罪している」などと言われても、それこそ矛先がズレまくっているとしか言いようがない。 > > > > どうズレてるか短絡や無限定な前提化をせずにちゃんと説明してご覧なさい。一度ぐらいは。 > > ひとつひとつ丁寧に説明しておりますが? 「社会構造」を無視しての説明は上述の様に説明になっていない。 > >法定利息の抜け道というのは秩父事件以来の国家権力による資本優遇政策です。 > > また何かの妄想ですか。秩父事件って何? > 1884年の困民党事件。 > だめですね。 > 私は「借金せずには生きていけない人たち」の生きていく道は「借金を返済すること」しかないと言っているわけです。(自己責任の原則) > 借金しても返済すれば何の問題もない、というかそれは普通の社会的・経済的行為でしょう。 > > その返済責任を不問にするような妄想に同調しないというだけの話。 例えば法定利息を超える借金に関して、法外な利息は本来払う必要はない部分であるが、負債者が債権者に「払う」と言ってしまえば払わなければいけなくなる。と言うことが秩父事件当時にはあり、確か現代も似た様なことがあったと記憶している。この場合「本来払う必要がない」ということを知らされずに「払う」といわされてしまった様な場合を想定すれば、おっちゃんの言い分が以下に高利貸しの援護でしかないか明白である。 相手に「責任」を要請する場合、事前に十分な説明と同意が必要であることは、少なくとも今世紀においては常識に属する。 |
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