| 35797 | 返信 | 日本語の起源についての考察3 | URL | 山 | 2005/07/01 21:52 | |
| ここで大雑把に言って3つの仮説を考えてみます。 1.縄文人はもともと独自の言語を持っていたが、朝鮮半島からアルタイ系言語を持った語族と南からのオーストロネシア語族の影響を同時に受け、縄文中期以降、アルタイ系言語とオーストロネシア語の混合言語を話すようになった。これが原日本語となる。 弥生人は日本に少数しか移住せず、やがて弥生人の子孫も日本語を話すようになった。 2.縄文人はもともと独自の言語を持っていたが、縄文中期以降オーストロネシア語化した。そこにアルタイ系言語を持った弥生人が移住し、日本語はアルタイ系言語とオーストロネシア語の混合言語になった。 3.縄文人はもともと独自の言語を持っていて、朝鮮半島にはアルタイ系言語を持った民族が複数いた。縄文人はオーストロネシア語を話すようになり、朝鮮半島のアルタイ系民族の一つも南からのオーストロネシア語族の影響を受け、朝鮮半島南部でアルタイ系言語と南島語の混合言語を話すようになっていた。 そこへ、中国から水稲稲作技術が伝わり、アルタイ系言語とオーストロネシア語の混合言語を話す弥生人が、オーストロネシア語を話す縄文人の言葉を駆逐し、弥生人の話す アルタイ系言語とオーストロネシア語の混合言語が日本語となった。 朝鮮半島では、もう一つのアルタイ系民族の言葉が話されるようになり、弥生人の言葉は朝鮮半島から消えていった。 1から3のうちどれが有力だと考えられるのでしょうか? 1から3の違いは何でしょうか? 1は、縄文人の言語が、原日本語になったというものです。 2は、縄文人と弥生人との混合言語が、原日本語になったというものです。 3は、弥生人の言語が、原日本語になったというものです。 このような結果の違いをもたらしたのはそれぞれの論の中に ア.縄文人と弥生人との接触に関する認識の違い イ.異なった言語を持った人間集団同士が接触した時に、どのような場合に片方の言語が生き残りもう片方の言語が消滅するか、あるいは、どちらも消滅することなく混合言語として生き残ることになるのかという認識の違い が存在するからです。 異なった言語を持った人間集団同士が接触した時の結果に関する認識の差を埋めるための一つの方法として過去の歴史の経験を調べてみるというアプローチがあるかもしれない。 今までの人類の歴史において、異なった言語を持った人間集団同士が接触した時に どのような結果になったのであろうか? 言語の歴史について、私は ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 約10万年前に現生人類の小集団が初めてアフリカ大陸からユーラシア大陸に進出した時、おそらく共通言語を持っていただろう。 しかし、その後、人類がユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、その他の島々に拡散していき、狩猟採集生活をおこっていた約1万年前までの間に人類の言語は徐々に多様化していった。 その根拠は、現在のオーストラリアとニューギニアです。 http://www.sunflare.com/izumi/Pavement/Pav_WorldLng.htm 「オーストラリアのアボリジン(16万人)の言葉は二十前後の語族(257語) パプア諸語(816語)」 オーストラリアとニューギニアでは最初の人類集団がこれらの地に到着してから約5万年の間、狩猟採集生活または原始的農耕生活を営み、その結果多くの言語が生まれ、 共存していました。 おそらく、約1万年前までは、世界の他の地域でも同様に様々な部族ごとに異なった言語が使用されていたに違いない。 つまり、当然、ヨーロッパでも同様に数百以上の言語が存在したに違いない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ と考えます。 しかし、現在のヨーロッパのほとんど(フィンランド、ハンガリー、エストニア、バスク、マルタ他を除く)の地域ではインド・ヨーロッパ語族が使用されている。 インド・ヨーロッパ語族は最近の研究では http://www.asyura2.com/0311/bd32/msg/142.html 引用開始 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 中央アジア、インドから欧州ほぼ全域にまたがる大言語グループ「インド・ヨーロッパ語族」の起源が、約9千年前のトルコの農耕民族の言語にさかのぼることが、共通単語の多さにもとづく言語間の近縁関係の分析により有力になった。DNA配列の類似度から、生物種が枝分かれしてきた道筋を明らかにする系統分析を応用した成果。27日付の英科学誌ネイチャーで発表される。言語研究の手法に一石を投じそうだ。 取り組んだのは、ニュージーランド・オークランド大のラッセル・グレー博士ら。6千年前のロシアの遊牧民の言語が起源とする定説を覆した。 印欧語族の87言語を対象に、基本的な2449個の単語について、互いの間に共通語源を持つものがどの程度あるかを調べ、言語間の近縁関係を数値化した。 これをコンピューターで統計処理し、「言語の系統樹」を作成。時間軸は、考古学などから得られた年代も参考にしてはじき出した。 この系統樹によると、まず約8700年前、トルコ付近にいた農耕民族「ヒッタイト」の言語が登場した。その後、7千年前までに、ギリシャ語を含むグループやアルメニア語を含むグループが分かれ、5千年前までに、英・独語、仏語などにつながる数グループができた。 ◇ <言語の進化に詳しい新潟大の大西耕二・助教授(進化生物学)の話> 生物学の最新の系統分析の理論を言語学に応用することは、10年ほど前に発案されたが、本格的に適用されたのは初めて。今後の比較言語学の研究の方向に影響を与える成果だ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ということである。 つまり、もともとヨーロッパに存在していた数百以上の狩猟採集民の言語は、8700年前、トルコ付近にいた農耕民族「ヒッタイト」の言語にすべて駆逐されてしまったということである。 言語的には他の言語を駆逐してしまったインド・ヨーロッパ祖語者集団ともともとヨーロッパに存在していた狩猟採集民との接触はどのようなものだったのだろうか? 言語的には他の言語を駆逐してしまったインド・ヨーロッパ祖語者の遺伝子は、現代ヨーロッパ人に引き継がれているのだろうか? もともとヨーロッパに存在していた狩猟採集民の遺伝子は、現代ヨーロッパ人に引き継がれているのだろうか? |
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