| 35812 | 返信 | Re:単一民族論 | URL | inti-sol | 2005/07/02 17:30 | |
| tpknさん > ますますよくわからないのですが…。であれば、琉球方言と本土方言は日本語の二大方言ということで、どちらも「純然たる日本語」ということでいいではないですか。 言語の分類というのは、しょせん後から便宜的に行われるものですから、境界線では常に曖昧さが残ります。そのことは、しかし向こうの端とこちらの端が同じものであるということを意味しません。 虹の色は連続的に少しずつ変化しているので、どこまでが赤でどこからが黄色か、などと区別することは出来ません。けれども、そのことは赤も黄色も同じ色だ、ということを意味しているわけではないのです。 >「純然たる」とか「純粋な」というものを想定する限り、そうなりますよ。inti-solさんの説では、その二つをわける明確な基準は示されてません。 明確な基準などというものはありません。 > いま現在コバテシ先生が展開しているような論もその一種かと思いますが、「単一民族国家幻想」と、日本が「単一民族国家である」ことは、微妙に違います。前者を批判するのに、後者(事実に関する部分)を否定してしまうのが、サヨクの悪いクセでしょう。これは、ジェンダーフリーを唱えるフェミニストが、性差別があることを理由に性差そのものの存在を否定してしまうのと似ています。 そうでしょうか。 フェミニズムといっても様々であり一様ではありません。しかし、生物学的な性差の存在を否定する人はいません。そもそもフェミニズムと「サヨク」はイコールではありません。(重なる部分はあるでしょうが) 現に大和民族ではない日本国民が存在するにも関わらず、その数が少ないことをもって「単一民族国家」と称すのは、民族の存在の事実すら抹殺することになります。 > > 法務省は、これについて「民族意識の発露としてことさらに外国人的な呼称の氏に固執するということになると、帰化により日本国民とするにふさわしい者とはいえない」(稲葉威雄「帰化と戸籍上の処理」『民事月報』 1975年9月号)と称していました。つまり、日本民族に同化しない者は日本国民にふさわしくない、というわけです。これこそが「単一民族国家」幻想の神髄だと私は思います。 > > であれば、日本人はそういったものから脱却しつつあるのだ、という見解になるかと思いますが、現実にはそうではないでしょう。日本人は、実際には名前よりももっと別な側面で異民族を排除しようとする傾向があります(たとえ名前を日本風にしたとしても、白人や黒人は、回りの日本人から同民族と見られることは、少なくともその人の世代においてはありえません)。 白人や黒人が日本人と同民族ではないのは当たり前ではないですか。問題は、それにも関わらず、名前を日本人(大和民族)風にして、同一民族になるという体裁を整えなければ日本国籍を取らせない、という点にあります。異民族だが日本国民という存在を許容しないわけです。だから「単一民族」幻想なのです。 > 帰化申請の名前の問題は「単一民族幻想」というよりは、国家主義のひとつの発露と見るべきでしょうね。 もともと、単一民族幻想と国家主義は対をなすものだと思います。単一民族幻想というのは、民族の枠組みと国家の枠組みを完全に一致させようという考え方(あるいは一致しているのだという幻想)なのですから。 |
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