| 35813 | 返信 | Re:平和民族日本(7) | URL | 武蔵の一住民 | 2005/07/02 18:10 | |
| >小林様へ。 日本には平和な時期があり、そこから学ぶべきことがあるのではないか、 といった表現なら、私もとくに異論はないのですが、平和民族だの、 戦争が下手だの(では、戦争が上手い民族とは?)といった表現に なると、ついていけませんなあ… 平和民族だの反動民族だのといった民族に対するレッテル張りは、 森永様だけでお腹いっぱいでございます… それから、 > つまり日本民族は、生まれつき残虐な性格を持った民族だから、あのような残虐な戦争をしたのだと、タラリさんは「生まれつき」と関連させて考えているようです。 > しかしタラリさんの日本人残虐民族論だと、一体今我々は平和のために何をしたら良いのか、途方に暮れてしまいます。 > タラリさんが民族の本性などということを言い出して、民族差別に近い次のような発言をしているので、警告したのですが、ようやく解りかけた様子ですね。 > それに対してタラリさんは、環境や過去の歴史は大したものではなくて、それ以外の「生まれ」が平和なのでなければ満足できないようです。 といった発言は、タラリ様の投稿に対するあまりにもひどい 誤読(捏造?)なので、謝罪なさるのがよろしいかと… 本論の (5)戦争関連施設、武器等の特徴 については、昨年も小林様相手に同じことを 述べていて、繰り返しになりますが、もう一度… まず城について。 城の定義にもよりますが、日本の城は4万程度は あり、けっして「あまり作られ」なかったとは いえないでしょう。 これは、「開放的」な日本家屋から推測されている 日本社会平和論に対する反論でもあるのですが、 山がちな日本では、普段は生活に適した平地部に 居住し、危機に備えて山などの峻険な地形に軍事 施設を築いておくという行動習性が、百姓から大名 にいたるまで認められます(甲斐武田の躑躅ヶ崎や 越前朝倉の一乗谷など)。 仮に、日本家屋の「開放性」が認められたとしても、 それを根拠に日本社会の平和を主張するのには、慎重 であるべきでしょう。 また、日本家屋の「開放性」という認識には疑問が あり、古墳時代も平安時代も鎌倉時代も、地方の裕福な 者たちの邸宅には防御施設がかなり施されており、 百姓の家屋の「開放性」という認識がかりに妥当だと しても、それは経済力の限界の結果なのではないか、 との解釈もありえるでしょう。 そもそも論でいうと、史料の乏しい奈良時代よりも前は ともかくとして、それ以降、江戸時代初期にいたるまで、 日本は断続的な戦乱状態にあったとみるべきで、かりに、 縄文時代の「長期の平和」と古墳時代の「平和的な統一」を 認めるにしても、日本社会は平和だったと結論づけるのは 早計というべきでしょう。 ただ、江戸時代の「平和」が貴重なものだったというのは、 私も同感なのですが、それは、小林様とはおそらく逆に、 自力救済の戦乱社会をいかに自立的に解決しえたのか、 という視点においてです。 それから、付け加えておきますと、江戸時代には「人民の 武器所有禁止」も「鉄砲の製作禁止」もなされていません。 また、日本の主な武器は弓矢であり、南北朝の頃より槍が 加わり、戦国時代には鉄砲が加わることになり、刀の役割は そうも大きいものではありませんし、「芸術的」な、いわゆる 「名刀」だけではなく、実用的な刀も多数製作されたとみる のが妥当でしょう。 |
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