| 35820 | 返信 | Re:平和民族日本(7) | URL | 小林 哲夫 | 2005/07/02 19:57 | |
| 武蔵の一住民さん コメント有難うございます。 こういう反論が本当にありがたいですね。もっと具体的な例を沢山もらえると尚ありがたいのですが・・・・。 さてタラリさんとの議論についての批判については、武蔵の一住民さんがそう感じるのは無理も無いという気はします。 しかし問題はタラリさんの誤解をどうしたら解決できるか?という問題なのです。 私の平和民族論に対して、タラリさんのような論理で反対する人を私は他でも経験するのですが、この考え方には大きな問題があるということを是非解って欲しいのです。 どう表現してもますます誤解が酷くなるので、つい極端な表現でわかってもらおうとしたものです。 >『日本は・・・・おおむね平和であったと言えます。しかしながら、これは地理的環境を反映しているに過ぎません。平和だったということと、平和な民族(性)ということは分けて考えないといけません。(タラリさん)』 何回も書きましたが、先天的民族性などというものは無い、しかし一方後天的民族性ということを無視しては、世界平和について論ずることは出来ない、という重要な点なのです。 もし武蔵の一住民さんがこのことを理解できたら、是非タラリさんに説明してくださいませんか? 私の表現はチョットきつかったのですが、この論理が解らないで、上のようなことを言えば、私が言っているような極論になるということを理解下さい。 先天的民族性などということを認めてはいけないことは、武蔵の一住民さんは理解できると信じています。 さて本論の「城」の数についてですが、武蔵の一住民さんの指摘は戦国時代だけの一時的現象で、歴史全体を見れば、あまり作られなかったのです。 戦争の頻度については、私はヨーロッパ及び中国との比較で考えています。 武蔵の一住民さんはこういうことについて書いた本を何か知っていますか? 私のはあまり根拠の無い、印象論に過ぎない弱点は自覚していますので・・・・。 >『江戸時代の「平和」・・小林様とはおそらく逆に、自力救済の戦乱社会をいかに自立的に解決しえたのか・・・・(武蔵の一住民さん)』 という指摘について、これでは理解できないので、宜しかったら詳しく教えて下さい。 家の開放性について、武蔵の一住民さんは中国の四合院やスペインのパティオなどはご存知ですか? ヨーロッパの石造りの家を見ているとつくづく安全と言うことを重視したことを感じるのですが、武蔵の一住民さんはそういうことを感じたことはありませんか? (これはユダヤ人と日本人の論理の借用もあります) 日本の武器の芸術性については、私は日本刀は名刀だけでなく、すべて凄く美しいと思うのですが・・・・。 江戸時代になると実用性を無視して細くなっている様子などにも、芸術性を感じるのですが・・・。 それでは鍔(つば)の美しさを感じたことは有りませんか? |
||||||
![]() | ||||||