| 35821 | 返信 | Re:平和民族日本(7) | URL | 武蔵の一住民 | 2005/07/02 21:59 | |
| > 何回も書きましたが、先天的民族性などというものは無い、しかし一方後天的民族性ということを無視しては、世界平和について論ずることは出来ない、という重要な点なのです。 タラリ様が「先天的民族性」なるものの存在を認めて おられるとは思いませんし、私も同様ですが、小林様の 場合、その投稿内容・表現から、「先天的民族性」を 想定しておられる、と解釈されても仕方のないところは あるでしょう。 ただ、「今の」小林様が、「先天的民族性」の存在を 主張しておられるとは思いませんが。 > さて本論の「城」の数についてですが、武蔵の一住民さんの指摘は戦国時代だけの一時的現象で、歴史全体を見れば、あまり作られなかったのです。 遅くとも南北朝時代には、山城なんかはけっこう造られている のですけどね。越前の杣山城なんて、南北朝初期にすでに使用 されていて(築城は鎌倉時代で、南北朝以降に拡張されている ようですが)、その後は織田の越前侵攻のさいにも使われて います。それに、この面積に4万という数字は相当なものと みるべきでしょう。 > 戦争の頻度については、私はヨーロッパ及び中国との比較で考えています。 > > 武蔵の一住民さんはこういうことについて書いた本を何か知っていますか? > 私のはあまり根拠の無い、印象論に過ぎない弱点は自覚していますので・・・・。 当然のことですが、具体的な数字を示すのは難しいでしょう。 正直なところ、私にもまったく見当がつかず、どちらの頻度が といったお答えはできませんし、具体的に論証した本もない でしょう。 ただ、現在の国境概念を遡及させて歴史を解釈すれば、日本は 中国や欧州よりも対外戦争は少なかったと言えるでしょう。 > >『江戸時代の「平和」・・小林様とはおそらく逆に、自力救済の戦乱社会をいかに自立的に解決しえたのか・・・・(武蔵の一住民さん)』 > という指摘について、これでは理解できないので、宜しかったら詳しく教えて下さい。 小林様の認識では、戦国時代のような例外はあれど、日本は 伝統的に平和社会で、江戸時代は平和日本のいわば到達点だ、 というように私は解釈しています。 私は、自力救済の横行した断続的な戦乱社会を、当時の 日本列島の人々が自律的に(さきほどの投稿の「自立」は 変換ミス)「平和社会」へと転換させていったことに、 現代でも通用する平和達成のための貴重な教訓を読み 取れるのではないか、と考えています。 もちろん、当時の「平和社会」への転換と価値観を全面 的に賞賛するわけではありませんが。 > 家の開放性について、武蔵の一住民さんは中国の四合院やスペインのパティオなどはご存知ですか? > ヨーロッパの石造りの家を見ているとつくづく安全と言うことを重視したことを感じるのですが、武蔵の一住民さんはそういうことを感じたことはありませんか? さあ、よく知らないので、なんとも言えません… また、世界の住宅事情やその歴史に詳しいというわけでも ないので、「安全重視」の住宅が、たとえば中国や欧州で 一般的なのか(日本の裕福な階層の堅固なつくりの家よりも 割合として多いのか)、かりに一般的だとすると、それは、 日本の事情(山がちで山に軍事用の施設を築造しておく)を 考慮にいれたとしても、なお日本よりも「安全志向」で、 日本よりも「治安の悪い」社会ということになるのか、 現時点では私には判断できません。 > 日本の武器の芸術性については、私は日本刀は名刀だけでなく、すべて凄く美しいと思うのですが・・・・。 > 江戸時代になると実用性を無視して細くなっている様子などにも、芸術性を感じるのですが・・・。 > それでは鍔(つば)の美しさを感じたことは有りませんか? 私は武器については詳しくないし、審美眼もないので、 「美しさ」や「芸術性」について反論はできません。 ただ、刀がすごく凝ったつくりになり、称揚された ということは、尚武精神にもつながることで、小林様の 平和民族論にとって都合がよいとは言えないのでは? タラリ様の投稿にあった > たとえば、朝鮮においては日本のように内乱が続いた歴史がありません。 > また、朝鮮は他の国を武力で征服したり、植民地化した歴史がありません。 > 軍人や兵士、武士を称揚する文化、伝統はなく、彼らは一段低いものと見られています。儒教を守り、家庭や王朝を支える文人たることが称揚される平和な文化です。 > > これに対して日本は平安末期から長い内乱の時期が断続し、武士の生き方が称揚され、武士階級が支配階級、貴族階級であり、その生き方は庶民までが生き方の基本として学ぶのが文化的伝統となっています。また、明治期になると十年と開けずに朝鮮・中国などを侵略し続けました。 > > 武士道の精神が軍隊に引き継がれ、世界的に見ても勇敢無比の敢闘精神がたたえられました。昭和には軍人が事実上、首相を自由に選べるようになり、ついには軍人首相が米英戦を起こしました。 > > このような実態に照らしてみますと、「平和日本」というのは全体を見わたした末の結論ではなく、ごく一部の事象から結論したお国自慢的、通俗的歴史解釈にすぎません。 とのご指摘について、よくお考えくだされば幸いです。 もちろん、武士が称揚される一方で、武士を蔑んだり、 平和を希求する願いもつよくあったわけで、中世社会の 思想的基調は武勇ではなく安穏にあった、とする見解も あるわけです。 また、武士の生き方が庶民の生き方の基本となったかと いうと、武士への憧憬はあったにしても、疑問とすべき でしょう。 |
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