35835 返信 Re:平和民族日本(7) URL 武蔵の一住民 2005/07/03 12:37
まずは日本と中国との家屋の構造について

小林様のご指摘にある、日本の家屋の開放性と
中国の家屋の閉鎖(堅固)性について、はたして
それが全般的な傾向なのか、歴史的にみてずっと
そういえるのか、ということについて、じつはよく
分からないところがあるのですが、とりあえず、
そのような傾向があるという前提で私の考えを
述べていきます。

日中の家屋の構造の違いの理由として、治安面
以外で考えられるものとして、まず挙げられる
のは気候の差でしょう。湿度の高い日本では、
家屋にも開放性が求められるでしょう。

当然、中国は広大なので、気候も様々です。
テレビなどで何度か見る機会がありましたが、
南方の少数民族の家屋なんて、日本以上に
「開放的」でした。

もちろん、それだけが理由ではなく、もっと
大きい要因としては、日中の「伝統的な」社会
構造が大きく異なることが指摘できるでしょう。

ここでいう「伝統的」とは、地域によって異なる
のですが、中国では明〜清の交代期以降、日本で
は、南北朝統一〜江戸前半以降のことを指します。

両者の違いを簡潔にいうと、非団体的な中国社会と
団体的な日本社会ということになります。

こう言いきってしまうと問題もあるのですが、日本
社会の大部分を占める村落は、閉鎖的な団体です。
家の存在を前提として、構成員の資格が厳しく問われ、
新規参入の容易ではない、閉ざされた空間です。
見知らぬ人が立ち寄るのも、容易ではありません。

しかし一方で、内部の結びつきは緊密で、様々な
業務を村落が一体となって行ないます。
村落の構成員は互いに相手を知っていて、見知らぬ
人の来訪も警戒されるような閉鎖的な空間においては、
家屋の構造をさほど堅固にする必要はないでしょう
(当然、内部の対立・窃盗などがないわけではありませんが)。

内部への警戒感が薄くてもすむとはいっても、ただちに
治安の良さに結びつくわけではなく、水や年貢などを
めぐって、近隣の同じく閉鎖的な村落や領主権力との
対立はあるわけで、これが武力衝突にいたることも
珍しくありません。そこで不利な状況になると、山
などに築いておいた城に篭ることもあるわけです。

このような閉鎖的な団体が成立するまで、日本社会では
長い期間を要しており、それ以前のことは史料的な制約
もあって不明な点も多いのですが、法制史からは、「伝統的」
社会の成立以前の村落の「在地法」の規定が、ひじょうに
「過酷」なものであることが指摘されています、
これは、日本社会が実は治安のよい社会ではなかった
ことを示唆するものとの解釈も可能でしょう。
「在地法」の厳しい規定などにより、「異分子」を
排除・同化していくことにより、日本の「伝統的な」
村落が成立したのではないか、と思われます。

一方中国の村落は、ひじょうに「開放的」です。
境界も曖昧で、構成員の資格が厳密に問われる
わけではなく、新規参入が容易です。
日本とは異なり、結びつきは強くなく、共同
業務も少ないのですが、相互の結びつきが希薄
なだけに、身近な相手への警戒が日本以上に必要
な社会ともいえるでしょう。
しかし、それが日本よりも治安の悪いことに
ただちに結びつくかというとそうでもなく、
村落の「開放性」は、ある意味で逆に日本よりも
治安が良いことを示唆している、との解釈も
可能でしょう。

したがって、

> 1、中国人と日本人は民族性が違う。
> 2、それは家の構造の違いで説明できる部分がある。
> 3、家の構造の違いは、治安の違いからきている。日本の治安は昔から良かった。
> 4、治安の差は、戦争の頻度とも関係がある。

「民族性」というか価値観が異なるという意味で、
1は妥当なところで、2も妥当といえるでしょう。

問題は3で、日中の社会構造が異なるため、
家屋の「開放性」=治安の良さという論証には
なりません。
よって、4も成立しません。


長くなったので、徴兵制については簡潔に
述べますが、徴兵制というか国民皆兵的な
発想は、さほど珍しいものではなく、戦国
時代にも見られるものです。

しかし、多数の百姓に受け入れられなかった
のは否定できず、これは、狭義の軍役は侍身分
以上が務めるもので、百姓の役はことなる、
との観念が中世以降根強くあったためでしょう。
戦国時代の後北条や幕末の幕府の試みも、
けっきょくは失敗しています。
もちろん、百姓は陣夫役として軍に動員されて
いますし、自らの判断で軍事行動をとることも
ありますが、公権力からの軍役については、
否定的な傾向が強かったわけです。

明治の徴兵制への反対も、こうした観念が基底に
あるのでしょうが、秀里様が指摘なさったような
事情も、当然あります。

それから、余談になりますが、上述したように
日本の村落には「過酷」なところがあり、制裁
として村落追放や家屋焼き討ちや処刑もあります。