| 35874 | 返信 | Re:Reさらに「労働について」 | URL | おっちゃん | 2005/07/06 23:36 | |
| > 「資本に包摂」されていることと、「稼がねば食えない」ことでは同様。むしろ「あまり稼がずとも食える(と自称する)」おっちゃんの方が相対的に周縁化する。 「資本に包摂」されていることと「稼がねば食えない」ことはなったく別の問題。 ふつう、ほとんどの人は企業労働者であろうとなかろうと「稼いで食えている」のです。 >免罪していないから要因を問題にしている。 なんのこっちゃ? >ところでおっちゃんのしょうもない駄弁に毎日同じ主旨のことを返すのも飽きたので、少し発展。田中荘でも述べた様に、おっちゃんの論理の基本的な問題点は人間の具体的行動を批判するべき所でその人間の人格総体を攻撃してしまっている点にある。この行為と人格の短絡という点では、南京事件への批判に対して「じっちゃんを貶めるな」と返す論理と同様であるが、さらに似た例として。 具体的行動? 私は(たとえば)借金しないと生きていけない→その借金が返せんなんてのを社会的要因のせいにして弁護しないだけ。 >この行為と人格の短絡という点では、南京事件への批判に対して「じっちゃんを貶めるな」と返す論理と同様であるが、さらに似た例として。 どこをどうつなげばそういう理屈になるわけ? > 現在障害者自立支援法が審議されている。この法律が成立すると精神保健福祉法上の通院医療費公費負担制度も自立支援法に合流することになる。そうなると支援の範囲は「統合失調症、狭義の躁うつ病、器質性精神障害」に限定されることになる。 > ここで「通院公費」のような経済的支援を付する範囲を疾患診断で決めるというのが土台無茶苦茶である。例えば自立支援法では神経症圏や人格障害圏は「通院公費」の対象とならない。しかし、並の統合失調症より「重篤な症状」を呈しかつ治療困難なこじれた神経症の患者はいくらでもいるように、病名と病状の軽重は全く無関係ではないが直接一致する訳ではない。さらに病状の軽重と経済的困窮の程度についても同様に無関係ではないがそのまま一致するものでもない。ここでのが当然の筋であると考えれば、上記自立支援法のおかしさがよくわかる。結局支援を切り捨てる口実に疾患診断が濫用されるということだろう。 > ここで問題視されることは「病名」という障害者の恒常的・普遍的属性と経済的困窮の程度という具体的行動が短絡されてしまっていることである。これは上記おっちゃんにおける人格と行為の短絡に類似していると思った次第。はからずしも(?)もおっちゃんの論理は国家権力運用者のそれと類似していることが興味深い。 私に反論するつもりで持ち出した話だと思うのですが、いったいなにを妄想(飛躍)しているのですか? ある病気の場合には他の病気と比較して何か特別な「公費」を支出せねばならないわけ? 経済的困窮の程度によって決定される経済的支援の要否はすべての経済的困窮者に公平であらねばなりません。「病名」もしかりですが、「障害者」であろうとなかろうと「精神疾患」であろうとなかろうとそんなこと基本的に関係はない。 |
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